書評・エッセイ

2012年5月号掲載

私小説の伝統芸をそのまま生きる

――西村賢太『西村賢太対話集』

豊崎由美

対象書籍名:『西村賢太対話集』
対象著者:西村賢太
対象書籍ISBN:978-4-10-303234-2

 西村賢太はぶれないなあ。「笑っていいとも!」を見ながら、思わず頬がゆるんだのである。「ちょっと怪しい課外授業」というコーナーに出演して「楽しい独身生活を送るための心得」を披露した賢太は、「嫁は老けていく一方だから結婚するのは損」「自分のため以外にお金は使いたくない。女性にプレゼントするのは躯目当て」「デリヘルに行く時は、自分のことを知っていたらノーマルプレイ、知らなかったら(以下自粛)」など、昼時の番組であるのを一切考慮に入れない、いつもどおりの顰蹙上等発言を連発して、タモリをはじめとする出演タレント陣に呆れられていた。
 しかし、長年の賢太ファンはお見通しだ。芥川賞受賞記者会見の「(結果の報告を待ちくたびれて)そろそろ風俗に行こうと思っていた」というひと言が話題になり、通帳の残高が一気に三千万円を超えた経験から、普通なら眉をひそめられるような言動が、こと自分に限ってはプラスに働くことを察知したクレバーな賢太は、露悪と称される私小説の伝統芸をそのまま生きることを決めたのである。だから、小説家なのにナベプロ系列の芸能プロダクションに所属するし、テレビにもラジオにも出演し、おのが恥部を突きつけ、ちんけな欲望を隠してお上品をきどっている小市民に笑われながら嘲笑っている。
 町田康、島田雅彦、朝吹真理子、高橋三千綱、坪内祐三、石原慎太郎、上原善広、高田文夫との対談や座談を集めた『西村賢太対話集』は、そんな芥川賞受賞以降の賢太の、時に率直、時に愚直、時に狡猾、時に卑屈、時に明朗、時に真摯、時に嘘つきな発言をたんまりと楽しめる一冊になっている。
「(芥川賞受賞後に仕事が増えないことをぼやき)普通、芥川賞をとると朝日新聞がまず来るじゃないですか。僕のとこには来ませんね。いま頼まねえで、いつ頼むんだ(笑)」(×町田康)
「(編集者から、書く前に『要らない』と言われた経験から)天にツバ吐くのを承知で言えば、それがまかり通るのが今のへなちょこサラリーマン、サラリーウーマンがやってる文芸誌なんですよ。やつら、よその世界じゃ通用しない特権意識と単純な好悪感情だけですからね。まったく、サル並ですよ」(×町田康)
「朝吹さんは今回仮に芥川賞で落ちていたとしても、三島賞とか野間新人賞とか、各賞を総なめにされたでしょう。他にいくつも新人向けの賞をとれていたかもしれないのに、もったいなかったな、などと考えられたことはないですか? (略)僕なんかはそういうことを考えてしまうんですよね」(×島田雅彦・朝吹真理子)
「だから変な話、印税入って、一回といわず、二回、三回ぐらいまでは、今までやりたくてもできなかった、デリヘルですけど、3Pをチャレンジさせていただきたいと、それぐらいはいいんじゃないかと」(×高橋三千綱)
「〈後記〉(略)後日、こちらの厚かましい懇願に応えて、氏は色紙を贈って下すった。いろいろな方とお会いする機会が増えたが、私がその種の揮毫までお願いしてしまったのは、氏と、ミュージシャンの稲垣潤一氏のお二方だけである。『人生は無頼な情熱を演じる劇場である』と記されたこの色紙は、仕事部屋の壁上高くに掲げている」(×石原慎太郎)
「(着ている服の話になって)これはダメ人間を演ずるとき用のユニフォームですからね。(『藤澤清造研究家だったころはスーツを着ていた』という相手の発言を受け)そうなんです。ところが、たまたまこの格好で芥川賞の受賞会見に行ったら、すごくウケたんです。それで『これだな』と」(×坪内祐三)
 といった、にわか賢太ファンを喜ばせる発言が多々楽しめる対話集なのだが、しかし、それだけではない。先に述べたように、この中には「下流の星」を演じきれていない真面目な賢太も顔をのぞかせているのだ。それを見つける喜びは本物の賢太ファンのために残しておきたい。そして、その私小説というジャンルに愚直なまでに一心を傾ける姿からは、慊い小説家には終わらない賢太の意地と未来がくっきりと見てとれるのである。

 (とよざき・ゆみ 書評家)

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