書評・エッセイ

2012年5月号掲載

漫画にも描けない面白さ

――長崎尚志『闇の伴走者 醍醐真司の猟奇事件ファイル』

有栖川有栖

対象書籍名:『闇の伴走者 醍醐真司の猟奇事件ファイル』
対象著者:長崎尚志
対象書籍ISBN:978-4-10-126851-4

 長崎尚志のクレジットが入った本が、わが家に何十冊あるだろうか。ただし、いずれも長崎氏の単著ではない。『20世紀少年』『MONSTER』『PLUTO』(作画・浦沢直樹)、『憂国のラスプーチン』(作画・伊藤潤二)等々の漫画作品で、氏は脚本やプロット共同制作を担当している。当代きっての漫画原作者だから、単著がないのだ(氏は原作者という呼称を使わないが)。
 その長崎尚志が初めて長編小説を書き、しかもミステリーだと聞いて、読む前から胸が躍った。タイトルは『闇の伴走者 醍醐真司の猟奇事件ファイル』。この〈伴走者〉というのは漫画の原作者を指しているのだろうか? 興味はいよいよ高まるというものだ。
 余談めくが――漫画の賞は未完の作品に授与されることが珍しくない。飛ぶ鳥を落とす勢いで売れ、絶賛連載中の作品がしばしば栄冠を勝ち取る。受賞によってさらに売行きに拍車が掛かるという効用はあるが、未完の作品はその先どう転ぶか判らない。腰砕けの竜頭蛇尾に終わることだってあり得るわけだが、それは仕方がない、という割り切りがなされているようだ。
 膨大な数の漫画作品が描かれている中で、抜きん出た〈竜頭〉を創るだけでも大変なことだし、面白い作品ほど(編集部と読者が希望するせいか)連載が長くなって完結が遅れる傾向がある。だから、小説や映画と異なる扱いになるのも理解できるものの、面白さのピークで受賞すると下手な着地はできない。作者(漫画家・原作者)は多大のプレッシャーと闘いながら、クライマックスから結末へと進む。小説家にない苦労を想像する。
 そのような厳しさに耐えてきた長崎氏が、小説の筆を執った。小説ならば読者はいきなり完成品を手にするから、作品の途中で評価されることはない。それは氏にとっては新鮮な体験で、挑戦に思えたのかもしれない。
 初の長編小説『闇の伴走者』は、作者が知悉(ちしつ)した漫画の世界をモチーフにしている。出版関係専門の調査会社の調査員、水野優希のもとに奇妙な依頼がきた。亡き大物漫画家、阿島文哉が残していった未発表の作品について調べてほしい、と。それは、〈漫画家〉と称する男が女を誘拐し、次々に殺害していくだけという寒々しい漫画で、阿島らしからぬものだった。いつ、どういう意図でこれを描いたのか? そもそも本当に阿島が描いたのか? さらに無気味なことに、作中の殺人とよく似た事件が三十五年前に実際に起きていた。
 謎の漫画が描かれた真相を探るため、優希はかつて大手出版社の敏腕漫画編集者だった醍醐真司(今はフリーランス)に協力を求める。醍醐は卓越した〈伴走者〉ならではの視点で謎を解こうとするが――。
 虚構と現実が不思議な絡み合いを見せる点では、現在連載中の『BILLY BAT』(作画・浦沢直樹)に通じる。口がむずむずするが、ストーリーの紹介はここまでにしておこう。でも、ちょっとだけ付け足すと、本作は埋もれた過去を探るだけの物語ではない。猟奇殺人鬼(まさに闇の伴走者)は、今まさに禍々しい計画を練っていたのだ。
 巻を措く能(あた)わざるサスペンス。そのあたりは自家薬籠中のものという観がある。
 この作品で、読者は知られざる漫画の世界の舞台裏を覗き見ることができる。醍醐を通して語られる漫画家や編集者が抱く漫画への真摯(しんし)な想い、創作の技術論、漫画の読み方は、超一流の〈伴走者〉である作者にしか書けないものだ。どれも興味深く、ある種の芸道小説としても楽しめる。
 しかも、それらが有機的にミステリーの本筋に結びついているところが素晴らしい。結末に至って、読者は「ああ、それで……」と感嘆せずにいられないだろう。
 漫画への愛に満ち、漫画にも(漫画には?)描けない面白さを書き切ったミステリーの誕生である。

 (ありすがわ・ありす 作家)

最新の書評・エッセイ

ページの先頭へ