書評・エッセイ

2012年5月号掲載

メディア人間の出現

佐藤卓己『天下無敵のメディア人間 喧嘩ジャーナリスト・野依秀市』

松本健一

対象書籍名:『天下無敵のメディア人間 喧嘩ジャーナリスト・野依秀市』
対象著者:佐藤卓己
対象書籍ISBN:978-4-10-603702-3

 わたしの手もとに、野依(のより)秀一(ママ)がみずからの経営する実業之世界社から出した『僕と安田善次郎と社会』(大正十年十月二十五日発行)という、百二十ページ弱の小冊子がある。これは、一代で安田財閥(安田保善社が中心)をつくりあげた安田善次郎が大正十年九月二十八日、社会運動家の朝日平吾によって斬殺された直後の緊急出版である。
 出版業者の野依は、安田と経済(広告)上の、また宗教観上の関わりをもち、この斬殺事件がおきる一カ月まえの八月二十五日にも安田と会っている。小冊子では、その「僕」が、このテロ事件をどう見るか、そうして社会的観念がない経営者の安田の欠点についてのべている。
 わたしがこの小冊子を入手した理由は――朝日平吾という社会運動家が富豪(=財閥の当主)の安田善次郎を斬殺した動機は、かれが北一輝の『日本改造法案大綱』を読んだことにあったが、そういった事情が当時のジャーナリズムにどれくらい知られていたか、そして、野依という「右翼ジャーナリスト」が朝日平吾のテロを肯定していたのかどうか、を知るためだった。
 その小冊子を読んでみて、野依が朝日平吾に二度ほど会っており、朝日の「労働ホテル」計画も知っていることがわかった。――安田善次郎が「ケチ」であることは世評のとおりだが、にもかかわらず安田は東京帝国大学に百万円も寄付しており(これが「安田講堂」になる)、朝日に殺害されるほどの悪事はなしていない。むろん自己中心的な人物ではあるが、かれの日常は「質素」そのものである。朝日平吾のようなテロは「頗(すこぶ)る不可(いか)ぬ」、というのである。
 これでは、野依秀市を「右翼ジャーナリスト」とよぶことはできないだろう。ましてや、野依を「言論ギャング」や「悪口屋」といって非難するのも、ちょっと違っているのではないか。もちろん、「悪口屋」については野依みずからが「私は是(これ)でも悪口を言ふのは好きな方の人間だ」(前掲小冊子)といっているぐらいだから、それがかれの一面を衝いているのは間違いないが、かれの本質というわけではない。
 では、野依秀市とは何ものか。そこに焦点をあてたのが、本書といってよいだろう。佐藤卓己によれば、野依は「メディア人間」である。かれは『実業之世界』や『帝都日日新聞』というメディア(広告媒体)をつかって、みずからの理念や思想を表明するというより、みずからの名を発信した。メディアを自己の名の宣伝の場としたのである。『野依雑誌』などはその最たるものだろう。
 佐藤卓己は書いている。――野依秀市には「赤裸々な」仮面の下に、さらに別の仮面があるが、「素顔」などない。それが「メディア人間」たるゆえんだ、と。
 その意味で、野依秀市は「メディアの時代」ともいえる現代にふさわしい人物である。こういう人物を出現させたのは、「大衆(マス)」の時代の大正である。現代はかぎりなく大正に似ているのだ。

 (まつもと・けんいち 評論家)

最新の書評・エッセイ

ページの先頭へ