インタビュー

2012年6月号掲載

『勝ち逃げの女王 君たちに明日はない4』刊行記念インタビュー

「仕事」が一番楽しい!

垣根涼介

主人公・村上真介が勤めるのは、リストラのアウトソーシングを請け負う会社「日本ヒューマン・リアクト(株)」。クビ切り面接官である真介と、ターゲットにされた被面接者の丁々発止のやり取りが物語の読みどころだが、シリーズ四作目となる今作では、どんな業種が取り上げられるのか――。

対象書籍名:『勝ち逃げの女王 君たちに明日はない4』
対象著者:垣根涼介
対象書籍ISBN:978-4-10-132976-5

取材は出たとこ勝負

――先ごろ文庫版が刊行されたシリーズ第三弾『張り込み姫 君たちに明日はない3』も大好評ですね。リストラが実施される会社の内情や、リストラ面接の被面接者のリアリティーの高さが人気ですが、取材はどのようにされているのですか?

垣根 このシリーズでは、リストラの舞台となる業種で働く方々に、一話ごとに取材をさせてもらっています。この『勝ち逃げの女王』では、会社更生法が適用された航空会社のCA、バブル崩壊の象徴となった大手証券会社の元社員、一芸入社枠のある有名楽器メーカー、そして様々な客層に合わせたレストランを展開する外食チェーン……特に、「この会社を取材したい」という希望があるわけではないのですが、今作では「栄枯盛衰」……かつて華やかだった業種を取り上げました。

 その結果、バブル謳歌組、団塊の世代、ロスジェネ世代と、ターゲットが仕事をしてきた時代というものを、価値観や家族関係、ライフ・プランも含めて物語の中に織り込むことができたと思います。

 取材に際して、取材対象の勤める会社に関してはもちろん情報収集をしますが、物語のプロットや展開などはまったく白紙の状態で臨むことが多いです。むしろ、偏見を持たないようにすることが大切だと思っているので、フラットな視点で何も考えないようにしています。手ぶらの状態で出会った印象から、取材をさせてくれた人の個性が物語を生むというか……自分ごときが対象者の人生を量れるとは思っていませんし(笑)。 

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『君たちに明日はない』
山本周五郎賞受賞のシリーズ第一作。ターゲットとなるのは建材メーカー、おもちゃメーカー、メガバンク、自動車メーカーのコンパニオンなど。 

日常の中にある極限状態

――山本周五郎賞を受賞した第一作『君たちに明日はない』が刊行されてから七年が経ちました。その間に変化したことはありますか?

垣根 「小説新潮」に一作目の原稿が掲載されたのは、『ワイルド・ソウル』という作品でたくさんの賞をいただいて話題にしてもらっていた頃でした。そのせいか、「冒険小説作家」として紹介されることが多かったのですが、別に拳銃が登場して血が流れるような物語だけを書きたかったわけではなくて、人間が極限まで追い込まれる様に興味があった。ひとりの人間が自分の目に見える世界をどう捉えているかという、自意識のフレーム……そのフレームが変容する瞬間を、冒険や犯罪を介入させず、日常の中に出現させたいと思って始めたのがこのシリーズでした。

 そういった極限状態を描くことがテーマだったのですが、次第に変わってきた部分もありますね。登場する被面接者のフレームが「変わる」瞬間だけに重点を置くと、その答えがワンパターンになることに気が付いたんです。とことん追い込まれて、変わるものがあれば、変わらないものもある。むしろ、変わらないものにこそ本質があるかもしれない……その考え方を取り入れたら、このシリーズのコンセプトがよりハッキリしてきました。 

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 『借金取りの王子 君たちに明日はない2』
恋も仕事も波乱の真介。登場するのは、辞めたがるデパガ、女性恐怖症の生保社員、イケメンのサラ金マンなど。 

数字のためだけでない仕事

――その変化は、主人公である村上真介にどのように影響しているのでしょうか。

垣根 第一、二作目では、真介と被面接者の対決が物語のカギになっていましたが、もう真介にとって、目先の勝負なんかどうでもいい問題になっている。仕事の成果ではなく、自分の存在が他人に与える影響のほうに関心を持ち始めているんですね。仕事というフィルターを通して自分自身を知るために、真介も被面接者と一緒にあがいているんです。被面接者との一期一会に、何か意味を与えたいと思っている。成績とかお金とか、数字のためだけに仕事を続けていくのは辛いですよ。以前の真介は、面接で毎回戦っていたので、仕事は辛かったはずです。だから恋人・陽子とのデート・シーンも多かった(笑)。ですが、今回の真介は、仕事としての面接が失敗しても、納得していることすらあります。真介と被面接者との関係性は多様化しましたが、一方で、真介が問いかける言葉はいつも同じです。「あなたの人生にとって、仕事とは何ですか?」……これって、究極の自分探しですよね。百人いたら、百通りの答えがある。このシリーズはまだまだ書き続けられますよ。

――垣根さんにとって、仕事とは何ですか?

垣根 真介と一緒で、まだ答えを探している途中です。でも、いまやっている仕事の中で、このシリーズが書いていて一番楽しいですね。主人公が行く先々でリストラ面接をしていくという枠組ができているので、あとは素材の調理に全力を注ぐことができるからだと思います。ちょっとエラそうですが、新しい物語が増えるごとに自分が成長しているのが分かるんです。相変わらず視野は狭いのですが、それでも時間とともにちょっとずつ、確実に広がっている。

 作家を志す前は、サラリーマンだったこともありましたが、その頃に今の気持ちで仕事ができていたら、きっと楽しかったと思うんです。たとえすぐには上手くいかなくても、五年後、十年後に幸せになれるような仕事の仕方が、今の自分ならできる。真介を通して、そういうヒントも物語に込めたつもりです。 

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『張り込み姫 君たちに明日はない3』
「一生の仕事」なんて、もはやあり得ない!? 舞台は英会話学校、旅行代理店、廃刊の決まったゴシップ誌など。

 

 ――巷では、ちょうど五月病が話題になる季節です。「あした会社に行きたくない」と思っている読者に、一言お願いします!

垣根 目先の細かいことに捉われずに、好きなように生きたらいいと思うんです。自分の人生において何が大切か、腹さえ括れていれば、自由な生き方なんていくらでもできます。ただし、そのためには肉体の健康が不可欠。体調管理だけはお忘れなく。

――ありがとうございました。今後も目が離せないリストラ請負人・村上真介の活躍ですが、次はどんな会社に現れるのでしょうか?

垣根 やはり不景気で、過去の栄光に囚われ過ぎて業績回復の見通しが立たず、リストラクチャリングを余儀なくされている業界でしょうね……そう、出版業界とか。

――(汗)。

聞き手・編集部

かきね・りょうすけ 1966年長崎県生まれ。
2000年『午前三時のルースター』でサントリーミステリー大賞を受賞。04年『ワイルド・ソウル』で大藪賞、吉川新人賞、日本推理作家協会賞の三冠を達成

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