書評
2012年6月号掲載
介護の総力戦が始まった
河内 孝『自衛する老後 介護崩壊を防げるか』
対象書籍名:『自衛する老後 介護崩壊を防げるか』
対象著者:河内孝
対象書籍ISBN:978-4-10-610470-1
2050年には人類100人中1人が認知症に侵される――世界保健機関(WHO)は4月、地球規模で進む高齢化がもたらす将来予測を発表した。その先頭を疾走するのが、わが日本国である。
「とうとう『野たれ死に』ならぬ『家(や)たれ死に』の時代が来てしまった。80歳を超えた私は、こんな恐ろしい時代は見ないで済むと思っていたのに……。これから恐ろしい戦争が始まりますよ。介護は、本当に総力戦ですから」
「高齢社会をよくする女性の会」の樋口恵子理事長は最近のセミナーで、こう声を震わせた。ところが「総力戦」を戦い抜く武器であるはずの介護保険の先行きが危うくなっている。制度設計が右肩上がりの経済社会を前提に作られているから土台が崩れ始めているのだ。
『自衛する老後』では、危機の実像を分かりやすく描こうと心がけた。同時に、厚労省の誘導で通説化している「在宅介護はいいことだ」という常識を疑った。最後に、「国民共有・介護の家」という新しい介護サービスの創出を提案している。
危機はハードとソフトの両面にある。ハードは、言うまでもなく介護保険制度が直面している財政問題である。毎年、数千億円のオーダーで増加し続ける介護給付支払いに、ロジスティックス(補給線)が付いて行けない。12年前、月額2000円台で始まった1号被保険者の介護保険料は今年、ほとんどの自治体で5000円を超えた。消費増税も介護保険維持の“援軍”になりそうもない。政府は5%税率アップ(13・7兆円増収見込み)の使い道を社会保障の機能強化(2・7兆円)、基礎年金の国庫負担引き上げ分(2・9兆円)、地方分(2・7兆円)、高齢化に伴う自然増(2015年までに3兆円)、引き上げに伴うコスト増(0・8兆円)としている。残り1・4兆円が財政赤字補てん分である。
「全くのウソ」と言うのは、学習院大学の鈴木亘教授である。年金開始年齢の引き上げ、70歳以上の高齢者の医療費自己負担引き上げが見送られ、消費税の地方配分を1・5兆円も増やしたため、最初から所要額を3・5兆円も下回っているというのだ。
ソフト面はどうか。確かに「家で暮らしたい、家で死にたい」は高齢者の願いだろう。そのためには介護に当たる家族の負担を可能な限り軽減する努力、終(つい)の場としての施設の充実が不可欠なはず。ところが国は、「カネがかかる」として施設整備に厳しいたがをはめている。他方、東京での1世帯当たり人数は2人を割った。一体、どこから家族介護力が生まれて来るというのだろう。
結局、有料老人ホームから低所得者向けの養護老人ホームまで複雑多岐に混在する介護サービスをシンプルに再編成する必要がある。思い切って税を投入して、国民年金の範囲内で安心して暮らせる「国民共有・介護の家」を創設するしかない。政府は増税の前に、老後のグランド・ビジョンを提示すべきだった。
(かわち・たかし 全国老人福祉施設協議会理事)