インタビュー

2012年7月号掲載

『片桐酒店の副業』刊行記念特集 インタビュー

モノを届ける/受け取ることのドラマ

徳永圭

対象書籍名:『片桐酒店の副業』
対象著者:徳永圭
対象書籍ISBN:978-4-10-332381-5

漫画家、挫折、そして小説家デビュー

 もともと少女漫画家になりたくて、小学生の頃から絵を描き、そこにお話をつけたりして楽しんでいました。雑誌への投稿などはそれでもけっこう遅く、大学在学中の二十歳からでしたが、すぐに担当編集者がつき、プロの漫画家さんのアシスタントもやらせていただきました。途中、就職して忙しくなり、ブランクこそありましたが、二十四歳の頃まで自分はプロの漫画家になるのだと勝手に思い込んでいました。
 でも描きたいものと求められているものが違ってきたりして、漫画家デビューには一歩及ばず。もうやめたと、画材を捨てて手を引いたつもりでしたが、やっぱり気がつくと、お話を考えてしまっているんですよね。小説ならば手持ちのパソコンで書けるし、表現方法は違えど、お話を作り出すという行為は同じ。自分の中に溜まっていく物語のはけ口が欲しくなって、小説を書き始めました。
 初めて書いた『をとめ模様、スパイ日和』でボイルドエッグズ新人賞をいただき、デビューできたのは、本当に運が良かったと思っています。(編集部註 『片桐酒店の副業』の表紙ほかの挿画は、著者自身が描いています)

なにかしらの意味や気持ちが

 知らない世界のことをいきなり書くのは難しいだろうと思い、デビュー作は宅配便のコールセンターで働いた自分の体験をもとにしています。まさか一発でデビューなんてできないと思っていたので、脱稿後すぐに次の作品に取りかかり、二作目の『片桐酒店の副業』では一作目であまり触れられなかった宅配そのものに焦点を当てようと決めました。といっても、大手企業やその委託といった形だとお話を書く上で融通がきかない気がして、大手ではなく個人商店に。また宅配を副業にしていても違和感がなく、変わった依頼にも店主判断で対応できそうな小さな酒店を舞台に選びました。
 片桐酒店は都会でなく、地方のむかしながらの商店街にあり、なにかのついでや困ったときに配達をお願いできる、敷居の低さも売りにしています。宅配便は私たちの暮らしにすっかり溶け込み、単に流通システムの中でモノが動いているようにしか見えないかもしれません。けれど送られるモノには、必ずなにかしらの意味や気持ちが込められているはず。そして送るのも受け取るのも人、それから運ぶのも人なら、モノのまわりには人間模様やドラマがあるんじゃないか。それを書いてみたいと思いました。

風変わりな宅配、掘り下げていったら

 最初に思いついた配達の依頼はイヤな上司に悪意を届けて欲しいというもの。まずは黒いところから入りました(笑)。酒屋さんと言うと、気っ風がよく、とっつきやすいおじさん、といったイメージがあり、作中でもアルバイトを申し込んできた大学生の丸川はそのような想像をしていますが、二代目店主の片桐章は無口で無愛想で、過去のことを清算しきれず、心に傷を抱えています。そんな片桐ですが、アイドルや中学生たちから胸襟を開かれ、頼りにもされる。これはたとえば肉親だと近すぎて相談できないのに、占い師やまったくの他人には悩みを打ち明けられる、といったことがありますよね。あれに近いことを考えました。
 サラリーマンを辞めて店を継いだ片桐は、いまだ過去と折り合いをつけられず思い悩んでいます。でも風変わりな宅配をこなしていくなかで、別の場所には過去を抱えた人が暮らしていて、この先も生きていかねばならない、といったことに、いまさらのように気づかされます。著者の私自身、片桐がどんな男で、モノを届ける/受け取るとはどういうことなのかと掘り下げていったら、思いも寄らなかった、遠くて深いところに辿りつけた気がして、手応えを感じました。この物語が届いた先で、何かを感じてもらえれば嬉しいです。

 (とくなが・けい 作家)

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