書評・エッセイ

2012年7月号掲載

まじめにおもろい勇者の書

――今野浩『工学部ヒラノ教授の事件ファイル』

仲野徹

対象書籍名:『工学部ヒラノ教授の事件ファイル』
対象著者:今野浩
対象書籍ISBN:978-4-10-125162-2

 工学部ヒラノ教授こと今野浩先生は、相当な勇気の持ち主にちがいない。最初に読んだ『すべて僕に任せてください――東工大モーレツ天才助教授の悲劇』では、悲憤にかられた壮絶な内容に、ここまで書いて大丈夫やろうかと心配になった。次の『工学部ヒラノ教授』では、どの大学でも似たり寄ったりやなぁと変に安心しながらも、ここまで書いたらさすがにあかんやろうと思った。
 そしてこの本。せっかく送ってもらったゲラではあるが、体調不良を理由に読めなかったことにして、書評を書くのをお断りしようかと思った。なぜ? それは、不肖、医学部ナカノ教授、小心なる大学の民にして、日々祟りを恐れながら生きている故。何の祟り? それは「おかみ」の祟り。
 おかみと言っても旅館や飲み屋のそれではない。具体的なことを説明すると、それだけで祟りをこうむるやもしれぬゆえ、あくまであいまいにさせていただきたいのであるが、文科省とか大学本部とか学会の重鎮とか偉い先輩とかいう、そういったものかな、もごもご、といったものかな。
 無辜なる大学の民たちは、意識しているかどうかは別として、おかみの歓心を買うべく日夜努力している。しかし、おかみに尽くしたところで、ほとんどの場合、何ら見返りはない。にもかかわらず、何故におかみに尽くすのか? それは、おかみに逆らったとたんに「祟り」を蒙るのではないかという、無意識における根拠なき恐怖心のためである。
 いかんいかん。おかみよ我を赦したまえ。つい調子に乗ってほんまのことを書いてしもうた。大学の民はこの程度のことすら言わないほうがいい、というのが、おかみ祟り説の恐ろしいところなのである。それほど恐ろしいがゆえに、この説は大学の中においても顕在化していないし、ましてや世間に知られてはいない。というのが、私の解釈でありますから、くれぐれもご内密に。しかし、そのタブーに挑む勇者があらわれた。その勇者こそが工学部ヒラノ教授なのである。
 この本、出だしがいきなりすごい。教授職を退かれたとはいえ、自らの『不正出張』や『経歴詐称』についての赤裸々な告白なのである。大学というトポスでは、このような話を小耳にはさんだだけで祟りがあるのではないかと心配になるのが、私のように小心な教員の偽らざる気持ちである。そう、だから、ゲラを読まなかったことにしたくなったのだ。
 しかし、さすがは勇者。『大学という超格差社会』や『研究費の不正使用』などでは、単なる語り部におさまらず、しなくてもいいのに、その対応策までご下賜してくださる。その提言や実に正しい。よくぞ言ってくださったと、おかみに悟られぬように、思わず小さく快哉を叫んでしまった。
 相当にシリアスな事件であっても、ヒラノ教授の筆にかかれば、あくまでもかろやかに語られる。いわんやおもろい事件においてをや。美人に色仕掛けで迫られて『単位略取』されそうになった話。留学生の父親から多額の寄付金申し出があったが、その留学生があまりにアホであったがため、もらう訳にはいかなかった『幻の奨学寄附金』。そんな「事件」では、ちょっとだけお気の毒と思いながらも、無責任にあははと大きく笑ってしまうほかないのである。
 大学という学問の場で、それもヒラノ教授の周りばかりで、ほんとうにこれだけの事件がおこっていたのか。こんな話は聞きたくない、聞いただけでバチかぶるかもしれん、と思いながらも、ずんずんどんどん読み進めてしまった。
「この本の内容はヒラノ教授の脳内イメージにすぎません」と最後にあったら、どれだけ安心することができただろう。しかし、恐ろしいかなこの本は、威風堂々にして勇気凜々、おかみを畏れぬ真実の書なのである。
 あぁ、おかみよ、どうかヒラノ教授を赦し給え。

 (なかの・とおる 大阪大学医学部)

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