書評・エッセイ

2012年8月号掲載

切り札乱舞の新作

――竹本健治『かくも水深き不在』

宮内悠介

対象書籍名:『かくも水深き不在』
対象著者:竹本健治
対象書籍ISBN:978-4-10-332481-2

 最初に読んだ竹本作品は「ゲーム三部作」の『トランプ殺人事件』だった。当時、高校生。地下鉄サリン事件のあったころだ。これはすごいと友人に薦めようとして唖然とした。かつてない小説を読んだという確信だけはあるのに、それがどのような作品であるのか、ぼくはまるで説明できなかったのだ。
「トランプが題材で、天野っていうカッコイイ精神科医が出てきて、とにかくラディカルなまでに思索的なんだよ!」――我ながら語彙がなさすぎて嫌になる。
 それから十五年。
 ぼくは、竹本作品を多少なりとも説明できるようになったろうか。

    *

『かくも水深き不在』は精神科医・天野不巳彦をめぐる連作短編集。新旧の「竹本健治らしさ」がちりばめられており、ファンにはもちろん、はじめての読者にも薦めやすい一冊となっている。
 収録作を順に紹介していくと、まず冒頭の「鬼ごっこ」は幻想的なホラー作品。鬼が棲むとされる屋敷の探険中、人が一人また一人と消えていく。どちらかといえば、著者の初期の幻想短編を彷彿とさせる。
 つづく「怖い映像」は一転して現実寄りのホラー作品。テレビCMに映る花の映像に強烈な恐怖を感じる「僕」が、やがてその花が咲く場所を突き止める。かつてその土地で、何が起きたというのか。
「花の軛」はストーカーが題材。語り手がすごい勢いで病んでいくのが怖い。たぶん連作のなかで一、二を争うイヤな話なのに、ライトな語り口に萌え系妹キャラと、『キララ、探偵す。』を思わせる。すごい野心的。
 四本目の「零点透視の誘拐」ではこれまた一転、スリリングな誘拐劇が描かれる。犯人有利で進んでいたはずの誘拐劇が突如中断され、人質も無事に返される。いったい、犯人の身に何が起きたのか。
 以上が雑誌やデジタルコンテンツの掲載作で、これに書下ろし短編の「舞台劇を成立させるのは人でなく照明である」が加わっている。もうタイトルからして素敵。そしてこれが、本当にタイトル通りの内容なのであった。
 全体的には、サイコホラー的な短編が多いだろうか。共通する題材は「人の狂気」と、(それこそ映画の『かくも長き不在』のように)「人の記憶」が挙げられそうだ。
 というより、「狂気」はほとんど著者のお家芸。たとえば『狂い壁 狂い窓』では個人の狂気が、『闇に用いる力学』では集団の狂気(すごいテーマだ)が扱われた。
 もちろんそれだけではない。アクロバティックな話作りも健在だ。物語は呼吸するように二重三重にツイストし、読者の予想と正反対へ向かっていく――にもかかわらず、一見すると普通の話のようでさえあるからトボけている。竹本節である。竹本節といえば、アンチミステリ的な技の数々もこれまた健在。こんなに切り札使っていいの。そこに、内省的なまでの天野の「推理」が添えられる。
 というより、竹本作品に天野という名が出たのである。これでタダで済むはずもないのだった。
 ファンには周知の通り、天野は竹本作品における重要人物。ときおりシリーズ物に登場する名脇役的な存在だけれど、いずれも物語上の大きな役割を担っている。
 先にも触れたように、人間の「狂気」は著者のテーマの一つ。おのずと、精神科医である天野の役割も大きい。IQ208の囲碁棋士・牧場智久を「表の探偵」とするなら、天野は言うなれば「裏の探偵」か。
 著者のライフワークともいえる『闇に用いる力学』も、ちょうど最終シリーズの「青嵐編」を迎えたところ。年内には、デビュー作『匣の中の失楽』の愛蔵版も刊行予定だとか。
 竹本健治は思索をやめない。

 (みやうち・ゆうすけ 作家)

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