インタビュー

2012年8月号掲載

『ひらいて』刊行記念特集 インタビュー

根源的で普遍的な愛をめぐる小説

綿矢りさ

対象書籍名:『ひらいて』
対象著者:綿矢りさ
対象書籍ISBN:978-4-10-126651-0

――大江健三郎賞受賞など大きな話題をよんだ『かわいそうだね?』につづいて、さらなる飛躍作といえる『ひらいて』が刊行になります。怖れを知らないパワフルな女子高生・愛が、「たとえ」という妙な名前の冴えない男子に猛烈に惹かれてしまう。でも彼には、美雪という中学時代からの恋人がいる。「たとえ」の目を描写した冒頭が印象的ですね。

「彼の瞳。凝縮された悲しみが、目の奥で結晶化されて、微笑むときでさえ宿っている。本人は気づいていない。光の散る笑み、静かに降る雨、庇の薄暗い影」

綿矢 小説全体をとおして、なんだか目のことばかり書いていた気がします。

――「さりげないしぐさで、まなざしだけで、彼は私を完全に支配する」。恋の定義のようですね。

綿矢 たとえというのは、あまりしゃべらないし、表情の変化も乏しくて、瞳のニュアンスと手のちいさな動きくらいしか情報がないんです。こんな男の人を好きになったら、ほんのちょっとの動きも見逃せないだろうし、そこに過剰な思い入れをしてしまうだろうと思うんですね。

――冒頭もそうですけれど、ストーリーの流れを一瞬あえて押しとどめるような、詩にも似た忘れがたい表現が随所におかれています。川の流れを分ける大きな石のように。

綿矢 イメージを言葉に結晶させたような表現を小説のなかに入れていきたかったんです。いきなりテンションが変わってしまうので、場面をつないでいくのがとても難しかったんですけれど、とりあえずむりやり放り込んで(笑)、格闘しているうちに、その部分に引きずられるようにして、地の文のテンションも高くなっていきました。

――小説の文章としてあまり類がなくて、繰り返し読みたくなります。ご自分が高校生だったデビュー作『インストール』から十一年、久しぶりに高校が舞台の作品でもありますね。

綿矢 愛、たとえ、美雪という三人の主要人物のそれぞれむきだしな感じを描くには高校生がいいと思ったんですが、そもそも装置としての高校が好きなんです。教室とか、制服とか、中庭とか、運動場に生えてる木とか。

――主人公の愛は、たとえに恋するあまり、その恋人の美雪に急接近します。愛ちゃん曰く「好きな人の間男」になってしまう。とっぴなようですが、小説を読み進めていると、愛という人物のあたりをなぎ倒してゆくような疾走感によってか、とても説得力があります。

綿矢 どうしてあんなむちゃくちゃなことになってしまったのか、自分でもぜんぜんわからない。主人公の性格としか言いようがないかもしれません。あとから全体を読み返して、あれ、とんでもないことになってるなと思ったんですが、書いているときは、迷いなく、のびのびと書きましたね。

――エロティックなシーンも大胆で印象的です。

綿矢 『夢を与える』という小説でちょっとエッチなシーンを書いたとき、ぜんぜんだめだと言われたんですね。悔しいなという気持ちがあって、だから、すごい情熱をもって、もう下手とは言わせないというぐらいの意気込みで――下手なんですけど――ぐーっと歯を食いしばって書きました(笑)。

――はい、本気で書いているのが伝わってきます。だからすごく迫力がある。

 たとえと美雪は、古風にも大量の手紙のやりとりをしています。二人はそれぞれ、ある事情から生きにくさを抱えていて、その結びつきのなかにどうしても愛は入り込めません。

綿矢 太宰治の『斜陽』を読んで、手紙の文学っていいなと思っていました。美雪は、手紙によって、人のこころを温めようとしている。あまりにも古典的ですが、美雪ならそういうこともするだろうなと。愛という我の強い女の子の世界をずっと書いているなかで、美雪の手紙の部分のところにさしかかると、ようやくまともなことを書けるとほっとしました。

――二人のなかにむりやり割り込んで、破壊的ともいえる言動をする愛によって、たとえと美雪自身も変わっていきます。登場人物は高校生ですが、人のもつ根源的で普遍的な愛をめぐる作品だと思いました。ラストシーンがほんとうにうつくしく、胸にしみますね。

綿矢 ありがとうございます。あの場面を書いたとき、『ひらいて』というタイトルが自然とでてきました。

 (わたや・りさ 作家)

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