書評・エッセイ

2012年9月号掲載

「ここにしかない世界」の奪還劇

――古野まほろ『復活 ポロネーズ 第五十六番』

福井健太

対象書籍名:『復活 ポロネーズ 第五十六番』
対象著者:古野まほろ
対象書籍ISBN:978-4-10-332741-7

 ジョージ・オーウェル『1984年』の統治国家、貴志祐介『新世界より』の管理社会など、小説では多くのディストピアが創造されてきた。理想的な世界の闇を照らすディストピア譚は、シビアな風刺であると同時に、個人がシステムに対峙するエンタテインメントにもなり得る。古野まほろ『復活 ポロネーズ 第五十六番』もその一つだろう。
 古野まほろは東京大学法学部卒。リヨン第三大学法学部修士課程修了。フランス内務省より "Diplôme de Commissaire" の免状を授与。二〇〇七年に『天帝のはしたなき果実』で第三十五回メフィスト賞を受賞してデビュー。同作を含む五冊の〈天帝〉シリーズ、全五巻で完結した〈探偵小説〉シリーズ、三冊の〈悲劇〉シリーズなどの著書がある。十四冊目の長篇にあたる本書は、国の未来を託された少年の冒険を描くスリリングなディストピア小説だ。
 新型のウイルスで日本人の数割が死亡し、日本は中国共産党によって属国化された。東京人民大学(ドンジンレンミンダーシュエ)附属高等学校に通う党員候補生の「僕」こと古野昴(グーイェマオ)は、日本自治区の浄化と再建設を目指していた――が、武装警察に撃たれた姉・美月(メイユエ)に似た少女・修野茉莉(シウイェモーリー)が(ウイルスに汚染されたはずの)ドームの外に居る姿を見たことから、想定外の事態に巻き込まれていく。特殊能力を持つ昴と茉莉は、大学総長・朱 桂花(ジューグイファ)の指令を受け、日本を救うために旅立つのだった。
 漢民族に支配された日本の光景は衝撃的だが、洗脳を受けた若者が旅を通じて真実を知り、システムの中枢に一撃を食らわせるプロットはオーソドックスなものだ。そんな王道を基盤として、昴に渡された数字の謎、巧妙な謀略戦、クライマックスの逆転劇などを盛り込むことで、本書はスパイシーなエンタテインメントに仕上がっている。
 ここで留意すべきは、昴に「善悪二元論で世界は出来てはいない」と内省させながらも、中国が一貫して極悪非道の存在に描かれていることだろう。二〇〇八年に行われた筑波大学ミステリー研究会のインタビューにおいて、著者は「遊技を政治性で穢すのは美しくない」と述べているが、これをファンタジーの演出と割り切るか、過剰なものと捉えるかは読者次第にせよ、執拗なまでの筆致が物語に厚みを持たせていることは疑いない。いずれにせよ確かなのは、貴族や旧植民地などの小道具を出すために〈天帝〉シリーズの舞台を昭和初期風のパラレルワールドに据えた著者が、必要に応じて異世界を築く書き手であることだ。
 インタビューには「軍国主義と本格探偵小説は本質的に相容れないものだと考えています」「本格探偵小説は手続的正義を淫猥に語るものだからです」という発言も伺えるが、この持論は本書にも挿入されている。そして朝香宮朝香(有栖川有栖がモデルだろう)の推理小説を正義の象徴として描くことで、著者は――趣向の異なる本書でも――本格ミステリ作家としての矜持を示したのである。
 古野作品を紹介するうえでは、その文体に触れておく必要もあるだろう。口語と文語と外国語を混在させた独特の文体は、デビュー当時よりはリーダビリティが向上したものの、ルビの多用、句点の省略、読点の代わりに句点を打つ表記などは本書にも見て取れる。漫画、アニメ、小説、歌謡曲などの引用が(文脈とは無関係に)頻出するのも大きな特徴だ。ちなみに余談めくが、ファンサークル“天帝小説研究会”の同人誌『 陽炎図書館(エフェメラ・アーカイブズ) 』には声優・池澤春菜が「古野まほろが大好物なんです」というエッセイを寄稿しており、池澤のアルバム『ファンタムジカ』では古野が三曲の作詞を手掛けている。
 そんなスタンスからも解るように、いささか癖の強い作家ではあるが、だからこそ相性の良い読者には極めて魅力的に感じられるはずだ。ユニークな本格ミステリ作家として人気を博した著者は、新機軸のディストピアものに挑むことで、また一つここにしかない世界を生み出した。訴求力のある舞台と正攻法のストーリーを持つ本書は、ファンへの目配せを秘めつつも、最もエンタテインメント色の強い――いわば間口の広い古野作品である。新たな作風を切り拓いた著者がどんな活躍を見せるのか、今後の動向にも注目したい。

 (ふくい・けんた 書評家)

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