インタビュー

2012年11月号掲載

『サンカーラ この世の断片をたぐり寄せて』刊行記念特集 インタビュー

沈黙と対話――サンカーラ、ダイアローグ

田口ランディ

田口ランディ

対象書籍名:『サンカーラ この世の断片をたぐり寄せて』
対象著者:田口ランディ
対象書籍ISBN:978-4-10-462202-3

――サンカーラというタイトルは仏教用語ですが、どういう意味をもつのでしょうか。本書のタイトルになぜこの言葉を選ばれたのですか?

田口 サンカーラはパーリ語でサンが「集める」という意味をもった接頭語。カーラは「作る」の意味の名詞で「再構成」を示しています。仏典のなかには「サンカーラー」という複数形で使われ、これが諸行無常の「諸行」を表します。

 この作品は、私が震災後に仏教というものと向き合うなかで書かれました。綴られたことばの背後で「諸行無常」を模索しているのです。その頃、わたしは「無常」という言葉がとても冷徹でのっぺらぼうなものに思え、それがなぜ苦しんでいる人間の救済になるのか、理解できずに考えあぐねていました。同時に涅槃や浄土というものが、あまりに荒唐無稽で現実離れしており、仏教は、ブッダという一人の人間の内的な体験から生まれたはずなのに、なぜたくさんの経典があり、ストイックでありながら饒舌なのかわけがわかりませんでした。

――仏教との縁はありながら、疑問も感じていらしたのですね。

田口 はい。「無常」など絶対に受け入れられないと思いました。それはわたしの「かたちある者=人間」としての生命力を奪うと感じたのです。ですが「一切は空である……色即是空」は、そのまま「空即是色」なのです。このことを、最初は「有と無」が対になっているように思っていました。そうではないのです。「有でなく、無でもない」という第三の状態を示していることがぼんやりとわかってきました。そして「サンカーラー」という言葉はそのような「固定されない状態=自由」を表しているのだ……と。自然はあるがままに展開していますし、わたしもその一部です。なのに意識はあるがままを受け入れられません。不都合や災難を受け入れることを敗北と感じるからです。わたしにとって人生は意識で克服すべきものでした。人間が意識をもったのは人生を主体的に生きるためだと考えていました。努力し、計画し、その結果として思い通りの人生を生きることがよいことだと信じていました。でも、そうではないのかもしれない……と、思い始め、人生観そのものがゆらぎ、混乱しながら送った震災後の日々を再構成したのがこの小説です。

――震災以前から原発の問題に興味を持ち、対話の重要性を訴えてこられましたね。水俣や、広島の原爆の問題なども小説の題材になさっていますが、これらの問題は田口さんのなかでどうつながっているのでしょうか?

田口 水俣、広島、原発……、この三つは私の中でまるで別個のものでしたのに、十年を経て不思議なつながりを見せ始め自分でも驚いています。なぜこれらのテーマと向き合ってしまったのか。それはやはり幼少期の家庭環境にあると思います。私のなかに「暴力」というものへの関心、そして「人間とはなにか?」という子どもの頃からの問いがあったからでしょうね。そのことが震災を経て、よりはっきりしました。わたしはたぶん、人間の弱さに怒っているのです。でも、同時にその弱さを認めて、許して、自由になりたいのだと思います。

――ノンフィクションとも取れる作品ですが、なぜ小説として発表なさったのでしょうか?

田口 この本は私の個人的な体験を書いたものであると同時に、私を超えた世界と私の接点を描こうとしました。私にとって小説は私の内的体験の再構成(サンカーラ)であり、コラージュのようなものです。なぜ小説か? と問われれば、これが私の小説のスタイルなのだ……ということだと思います。

 (たぐち・らんでぃ 作家)

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