書評
2012年11月号掲載
「脱北の町」から届いた、ポップなリポート
――高英起『コチェビよ、脱北の河を渡れ 中朝国境滞在記』
対象書籍名:『コチェビよ、脱北の河を渡れ 中朝国境滞在記』
対象著者:高英起
対象書籍ISBN:978-4-10-333011-0
高
なぜそれほどリアルな北朝鮮情報を伝えられるかというと、彼は、一九九八~九九年にかけて、中国の延吉という町で過ごしているんです。ここは中朝国境の町で、川を渡って、当たり前のように北朝鮮から難民がやってくる「脱北の町」なんですね。当時まだ「脱北者」の存在なんて日本ではほとんど知られていなかった。しかし彼は、朝鮮高級学校(高校)時代に朝鮮総聯の姿勢に疑問を持ち、以後は北朝鮮の民主化を目指して活動していた。それには、少しでも北朝鮮の近くへ行かなければとの思いで出かけたそうです。本書は、そのときの体験と、その後、多くの脱北者に接して得てきた北朝鮮問題の核心を、テレビ同様、わかりやすく、具体的なエピソードで綴ったリポートです。
僕はそれほど北朝鮮関係の本を読んでいるわけではないんですが、それでも、ここまでポップな感覚で書かれたものは、初めてだと思います。以前、テリー伊藤さんの『お笑い北朝鮮』が大ヒットしましたが、あれとはまた違った意味で、新感覚の北朝鮮本だと思いました。
そもそも、高 さんの姿勢が、いい意味でミーハー感覚まる出しなんですよ。朝鮮総聯バリバリの父親との葛藤や、朝鮮学校での先生との争いなど、普通は深刻になりそうな話が、ギャグ寸前のたくましさで描かれている。延吉で出会った伝説の闘士パク・ドンミョンに「高 先生! お会いできて嬉しいです!」と言われて舞い上がってしまい、「これで北朝鮮の民主化は間近だ!」と抱擁を交わすシーンなど、思わず笑ってしまいました。正直でいいなあ、と思いましたね。
僕は、かねてから北朝鮮は「哲学」と「科学」がない国だと思っています。「哲学」とは、為政者にあるべき、正しい思想や振る舞いですね。世襲や独裁を続けてきたために、それらがなくて当たり前になってしまった。「科学」とは、ミサイルや産業ではなくて、プロ的な発想のことです。例えば、本書で北朝鮮の水害の構造がわかりやすく説明されています。食糧不足を解消しようと、山の斜面を徹底的に伐採してトウモロコシ畑にした。また、エネルギー不足解消のため、マキ用に山林を伐採しまくった。それらの結果、国中がハゲ山だらけになった。すると土壌が緩んで、ちょっとした雨で山は崩れ、大水害が発生する。そのたびに家は流され、大量の水死者が出る。この繰り返しなんです。
要するに、素人考えによる農業政策で、そこにプロ的な「科学」の発想は皆無です。
高 さんは、こういう背景説明をわかりやすく書いてくれて、その上で、延吉で接した脱北者たちの姿を紹介してくれるので、とてもリアリティがある。ただ「飢えているから脱北してきた」のではなく、そもそも、なぜ「飢える」のかを、ちゃんと説明してくれているわけです。
書名にもある「コチェビ」とは、本来は単なる「浮浪児」の意味ですが、今では北朝鮮の難民やホームレス全体の呼称だそうです。高 さんは、「コチェビ」のために、これからもわかりやすい等身大の解説を届けてくれると信じています。
そうそう、最後にもう一つ。本書に、現在の北朝鮮の最高指導者・金正恩の「実母」の写真が掲載されています。以前、在日朝鮮人だったそうで、高 さんのスクープです。この写真は必見ですよ。
(まつお・たかし タレント)