書評・エッセイ

2012年11月号掲載

見渡す人

――高橋みどり『私の好きな料理の本』

高山なおみ

対象書籍名:『私の好きな料理の本』
対象著者:高橋みどり
対象書籍ISBN:978-4-10-333041-7

 これはこれは、またもやみどりさんが見たこともない料理本を世に送り出したのですね。
 いつだったか、何かの撮影でご一緒した時、「最近、器を探しに骨董市へ出掛けても、ついつい昔の料理本に目がいっちゃうんだよね」とおっしゃっていた。それはもう、何年も前のことなのだけど、きっとあの頃の熱が冷めることなく、満を持して本の形になったのだろう。
 彼女とのつき合いは、15年以上前に遡る。まだ私がレストランで働いていて、自分にとっての料理は、お腹を空かせてやってくる目の前のお客さんに食べてもらうためのものだった。たまに雑誌の依頼で撮影しても、ページに載った料理がはたしておいしそうなのか、レシピは分かりやすいものなのか、さっぱり自信がなかった。
 そんな私の、自分でも気づかずにいた仕種をみつけ、「高山さんは、手の料理だね」と声を掛けてくれた。そしてほとんどのスタッフが味見をするだけで終りにしてしまう、撮影済みの冷たくなった料理を、「うーん、おいしいねえ」と、たいらげた。とりつくろうことは何もないのだ、と教わった。
 撮影の日のみどりさんは、いつも大荷物。洗濯したてみたいな動きやすい服装でうちにやってくると、歯切れのいい挨拶をひとつして靴を脱ぐ。早めに来すぎたことはあるけれど、遅刻したことはいちどもない。だいたいアイロンなんてうちのを使えばいいのに、必ず持参でやってくる。狭い台所の入り口に立って、私が料理しているところをちょくちょく覗き見し、カメラマンが写真を撮っている最中から取り皿を用意しては、できたての料理をいかにおいしく味わえるか見はからっている。
 当日は、器でも布(スタイリング素材の)でも、多めにみつくろって用意してくるのに、最終的にはいつも私に選ばせる。前の晩、遅くまでかかってミシン掛けした布を、でき上がった料理を見るや、サッと勢いよくテーブルからはずし、けっきょく使わなかったこともある。料理がおいしそうに映ることしか、頭にないように見える。それはシンプルというよりマイナスのスタイリング。省いてゆく方のやり方で、そんな技もみどりさんは持っている。
 たぶん、イメージを働かせながら十分に練って器を探しまわり、スケッチを描き、準備万端整えてから臨むのだと思う。
 そのくせ、「撮影の日は、もう私の中では終ってるんだよね」。現場でひらめいたアイデアは、誰のものでも積極的にとり入れ、すべり込ませてしまう。
 みどりさんは見守っている。見守っているというより、そこにある空気を見渡している。
 さて、本のまえがきにもあるように、「仕事はと問われれば、スタイリストと答えます。食まわりの、と付け加えて」という彼女だけれど、人と人とをつなぐスタイリストでもあると私は思う。料理家の個性を観察し、カメラマンやデザイナーとの組み合わせを見極めるのは、本づくりの最初の要(かなめ)。
 私とて、これまで何人もの仕事仲間に引き合わせてもらった。そういう時の彼女は惜し気がない。対面の場では、にやにやしながら傍らに佇み、眼鏡の端を持ち上げるついでに目頭をぬぐったりしている。昔、ひとりぽつんと立っていた私をみつけてくれた時にも、そうやって多くの人に紹介し、広めてくださったんだと思う。
『私の好きな料理の本』は、そんな彼女が、長い歳月をかけ料理界を見渡すことで生まれた本だ。好みや趣味だけに偏らず、公平な眼差しを持ちながら集められ、惜しみない心で綴られた。もしかしたらそれは、読者に向けたスタイリングの形でもあるのだろうか。
 好きなものに対する興味の深さ、広さは、たとえば博物学者に負けないくらい、貪欲なものだと思う。

 (たかやま・なおみ 料理家)

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