書評・エッセイ

2012年11月号掲載

新たな年代記の開幕

――津原泰水『爛漫たる爛漫 クロニクル・アラウンド・ザ・クロック』(新潮文庫)

北原尚彦

対象書籍名:『爛漫たる爛漫 クロニクル・アラウンド・ザ・クロック』(新潮文庫)
対象著者:津原泰水
対象書籍ISBN:978-4-10-129272-4

 津原泰水(やすみ)の新作『爛漫(らんまん)たる爛漫』は、あるロックバンドについて描いた作品である――そう聞いて、さっそく読んでみた。津原作品では、高校ブラスバンド部の青春とその後を描いた『ブラバン』が先に発表されているので、そのロック版か、と思いつつ。世の中では、少し前に女子高生バンドを主人公にしたマンガ&アニメが流行っていたことだし。
 だが、読み始めてすぐに、予想は覆された。ロックバンド「爛漫」のボーカル新渡戸(にとべ)利夫が亡くなり、追悼コンサートが行なわれる。利夫の年子の兄・鋭夫(えつお)がステージに立ったが、アンプが原因で感電死しそうになった。これは同じ犯人によるものではないか、と考えた鋭夫から相談を受け、向田くれないは爛漫やその周辺の人々を調べ始める……。
 これはバンドの成長物語ではなく――堂々たるミステリではないか。津原泰水は「ルピナス探偵団」シリーズや『赤い竪琴(たてごと)』、そして尾崎翠(みどり)の知る人ぞ知る映画脚本を原案として書き継いだ『琉璃玉の耳輪』など、ミステリ作品を幾つも書いてきたが、ここにまた新たな作品が加わったのだ。
 しかも本作は『爛漫たる爛漫』というタイトルの下に、小さい文字で「クロニクル・アラウンド・ザ・クロック」と書かれている。「クロニクル」とは「年代記」の意味。そう、これはシリーズ物であり、本作は三部作の第一作なのだ。『爛漫たる爛漫』は、新潮社の「yomyom」vol.24と25(二〇一二年春号及び夏号)に分載されたが、後の作品は書き下ろしで刊行される予定となっている。
 津原泰水が「津原泰水」として活動開始する以前、「津原やすみ」として少女小説を書いていたことは有名な話だ。その時代からの津原読者で、本作を読み、自力で「気づいた」方は、さぞかし狂喜乱舞したことだろう。何に気づくのかというと、それは――「クロニクル・アラウンド・ザ・クロック」の世界観が、津原やすみの代表作「あたしのエイリアン」シリーズと地続きだということだ。
 それを示すのは、「赤羽根菊子」先生の存在である。彼女こそ、「あたしのエイリアン」シリーズ『身勝手なヒロイン』で登場し、その後もヒロイン百武千晶の恋のライヴァルとして存在感を示し続けた美少女・赤羽根菊子の、大人になった姿なのだ。
(もちろん、「あたしのエイリアン」シリーズを読んでいないからと言って、「クロニクル・アラウンド・ザ・クロック」を読む楽しみが削(そ)がれる訳ではないので、念のため。)
 私事で恐縮だが、わたしは青山学院大学卒で、在学中は推理小説研究会に所属していた。わたしの二年後に、そこへ入会してきたのが津原泰水だった。後には逆に、講談社X文庫で先にデビューしていた彼が、わたしを少女小説の世界に引っ張り込んだ。そんな縁もあり、未だに連絡を取り合っている。折角なので、『爛漫たる爛漫』についても作者本人から話を聞くことにした。
 作者によると、「クロニクル・アラウンド・ザ・クロック」は、あくまで「本格推理小説」ではない、らしい。警察小説のように「伏線はないけれども、展開で見せるミステリ」であり、それと「バンド盛衰記」とを絡め合わせたのだそうだ。
 話を聞くうちに中井英夫『虚無への供物(くもつ)』のタイトルがちらりと出たので「もしかして津原泰水版『虚無への供物』を目指した?」と尋ねたところ、「そこまで立派なものではないです」と言いつつも「ちょっとぐらいはあるかな」と付け加えた。更に追求したところ「ミステリで一番近いのはウィリアム・アイリッシュかな。中でもウールリッチ名義の『喪服のランデヴー』が特に」との言葉を引き出した。
 そして「あたしのエイリアン」シリーズとの関係については、赤羽根菊子のみならず、あの「岡村五月」も登場することになる、と予告してくれた。
 実は他にも色々と聞いたのだが、これ以上はミステリ的なネタバレになってしまうので、控えておこう。
 あと、バンドについて。知る人は知っているが、津原泰水は執筆業の傍ら、自らバンド活動をしている。実際にギターを演奏し、歌う津原泰水を見てみたい、という方は、津原泰水公式サイトの掲示板をチェックしてみるとよいだろう。ライヴ前には、そこに情報が書き込まれるのが常である。
『爛漫たる爛漫』を存分に愉しませて頂きつつ、新たなるクロニクルの開幕に拍手を送りたい。

 (きたはら・なおひこ 作家・文芸評論家)

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