書評
2012年12月号掲載
がらりと作風を変えて挑む勝負作
――田牧大和『盗人』
対象書籍名:『盗人』
対象著者:田牧大和
対象書籍ISBN:978-4-10-315734-2
あの田牧さんが、こんな物語を書くなんて!
縞の小袖を腰で端折り、藍の股引き姿で颯爽と江戸の町を行く女錠前師・緋名(ひな)を主人公にした『緋色からくり』で、一躍時代小説ファンの注目を浴びた田牧さん。高名な錠前師だった父の後を継いだ女錠前師、という設定も新鮮だったし、何よりも物語全体に漂う清らかで瑞々しい感じが印象深かった。その『緋色からくり』に続き『数えからくり』、現在「yom yom」に連載中の「いろはからくり」と、息の長い物語になりそうな「からくりシリーズ」だが、こちらが「白田牧」だとするなら、本書は「黒田牧」とでも言うべきか。「からくりシリーズ」の田牧さんをイメージして読み始めると、その物語世界のあまりの違いに度肝を抜かれるはずだ。けれど、驚きはすぐに遠ざかる。描かれている世界に、ぐいぐいと引き込まれてしまうからだ。
新橋の南、芝口町に店を構えるえびす屋は、手堅い商いで評判の高い口入屋だ。だが、それはあくまでも表の稼業で、かつて「抜き差しならない経緯」から「店を上げて盗人働きに手を染めた」のが始まりで、今では「幻一味」という通り名まである盗人一味、というのが裏の稼業であり、真の姿でもある。その幻一味を陰で仕切っている、言うなれば裏頭目が、常はえびす屋の下働きで、周囲からは愚鈍とさえ思われている甲斐(かい)だ。
狙ったお店(たな)に合わせて、どんな姿にも身を変えてするりとそのお店に入り込み、目を付けた人物に取り入って、その相手を巻き込んで首尾よく盗みを成功させる。そこにあるのは、えびす屋での愚鈍な立ち居振る舞いからは想像もできない、狡猾で残忍ですらある甲斐のもう一つの、そして真実の顔である。
この甲斐のキャラクタが圧巻だ。実は甲斐は、えびす屋の主の源右衛門(げんえもん)が、その昔旅先で知り合った娘に生ませた一人息子だった。源右衛門が、身籠った娘を捨てて逃げ出したため、甲斐は母親に育てられていたのだが、その母親が亡くなったため、源右衛門のいる江戸に出て来て、身を寄せたのだ。とはいえ、甲斐と源右衛門との間に、父が息子へ向ける、そして、息子が父へと向ける愛はない。甲斐がひとえに源右衛門のために汚れ仕事をこなすのは、源右衛門が母親の愛した男だからという理由だけだ。だから、甲斐は源右衛門に対して常にどこか醒めている。埋めきれない距離を、頭のどこか冷えた部分で見つめている。かといって、母親を、盲目的に思慕しているわけではない。最後まで自分の母親としてではなく、源右衛門を愛した一人の女のまま死んで行ったその姿を、哀れと思いこそすれ恋い慕っているのとは、どこか違う。少なくとも表面上は。血も涙もない、という形容詞がぴったりの、酷薄で昏い目をしたキャラ、それが甲斐なのだ。
その甲斐を真ん中に、小伝馬町の牢屋にいながら、ある目的のために甲斐を手駒のように操る高野長英、謎の僧形集団であり盗人一味でもある「鬼火」の年若き頭領・秀宝が三つ巴となって物語をまわして行くのだが、高野長英も秀宝も、ワルもワル、一筋縄ではいかない曲者なのだ。三者三様の思惑が絡まり合い、もつれ合い、互いに腹の裡を探り合い、騙したり騙されたりしながらも、それぞれの目的のために暗躍する。
三者三様の暗躍っぷり、裏のかきあいっぷりが、張りつめた糸のような緊張感を漂わせ、ラストまで一気に畳み掛けるようなストーリーテラーぶりが見事。非情さの塊のような甲斐が、時おりほの見せる母への想い、父・源右衛門への鬱屈が、ただ単純に冷血なだけではない甲斐の一面ものぞかせていて興が深いし、煮ても焼いても食えない腹黒な高野長英のキャラも新鮮だ。物語のラストは、蛮社の獄で永牢となっていた長英の脱獄場面で、その後のかれらのドラマに読み手が思いを馳せるような、余韻を残しているのも、巧い。
田牧さんの新境地、“幕末ノワール”を、さぁ、とくとご賞味あれ!
(よしだ・のぶこ 書評家)