対談・鼎談
2013年1月号掲載
『読まずにはいられない 北村薫のエッセイ』刊行記念対談
《書物愛》と《作家魂》がたぎる一冊
戸川安宣 × 北村薫
大学時代のミステリクラブでの出会いから作家になる前の編集者としての仕事、作家デビューの頃。
対象書籍名:『読まずにはいられない 北村薫のエッセイ』
対象著者:北村薫
対象書籍ISBN:978-4-10-406608-7
大学時代の出会い
戸川 このエッセイ集、面白かったです。ちょうど今、まとめるのにいいタイミングだと思いました。
北村 エッセイ集を、という話はだいぶ前からあって、特に東京創元社の私の担当の伊藤さんは、非常に丹念に私の初期の文章をコピーし、集めてくださいました。他にも各社編集者の方々のお世話になりました。自分の整理が悪いもので、かなり大変な作業でした。
最初から本にする形で書いたエッセイの本はありますが、今回のようにいろいろなところに書いたものをまとめるのは初めてなんです。
戸川 作家デビュー前のものから二〇〇〇年あたりまで……二十世紀の北村薫。
北村 本について書いたものが中心になりました。戸川さんは、作家である私の生みの親――お父さん、ですが、初めの頃はお父さんからの依頼が多いんです。「日本探偵小説全集」の編集をお手伝いしていたら、全巻の内容紹介が必要だとおっしゃる。「それ一体、誰が書くんです」と聞いたら「あなたが書くんです」。
戸川 そうでしたね(笑)。
北村 そう言われて書かされた。その内容紹介を、創元推理文庫の初めの頁にも掲載してもらえた。
戸川 フロントページの内容紹介ですね。
北村 創元推理文庫のあのページは、ミステリ好きからすると、サンクチュアリです。そういうところに載るものを書かせていただけたわけで、愛読者としては感激でした。戸川さんがいらっしゃらなかったら、「探偵小説全集」の編集も、文庫の解説もなかったし、小説『空飛ぶ馬』も生まれていなかったわけです。
戸川 北村さんにはずいぶんいろんなことをお願いしました。小説を書いてもらったのも大きいけれど、編集者として、一番大きなお願い事は「日本探偵小説全集」でしたね。内容紹介の執筆もそうですが、まずは編集、です。
今は池澤夏樹さんが新しい世界の文学を一人で編まれた全集がありますが、東京創元社が初めて、日本推理小説の歴史を見渡して全集を作るという時、お願いしたのが北村さんでした。
北村 私はまだ三十代半ばでしたよね。その年で、そんな大きな仕事をやらせていただけた。
戸川 なんでそんな無謀なお願いをしたんだろう――というのは今となっては覚えていませんが(笑)、根拠はもちろんあって、学生時代から北村さんとおつきあいがあり、その才能を知っていたからです。
北村薫の個人誌「じゆえる」
戸川 こういう(持参した手元の小冊子を見ながら)「じゆえる」という個人誌とか、他にも大学時代から北村さんがお書きになったものを読んでいたんです。
北村 当時は個人誌を創るのが流行っていたんですよね。仲間に原稿依頼して、自分で編集しました。この1号から3号の表紙はベン・ニコルソン、4号から6号がパウル・クレー、7、8号がオーブリー・ビアズリーの絵の模写です。
戸川 個人誌はいろんな人が創っていましたが、北村さんのは特に面白く洒落ていました。
北村 「じゆえる」創刊の頃、戸川さんはもう東京創元社にいらした。ミステリ界の重鎮――
戸川 いえいえ(笑)。私の家が早稲田と北村さんの家との途中だったんですよね。
北村 はい、あの頃、戸川さんは南千住にいらしたから、通学路の途中でした。郵送すると切手代がかかりますが、行けばただ。というわけで「じゆえる」を持ってお邪魔しました。
戸川 そこからご縁ができて、早稲田の瀬戸川猛資さんたちとともに、ミステリファンの集まり、SRの会の「SRマンスリー」を作る時など、ずいぶん、手伝っていただきました。雑誌「EQ」に、エラリー・クイーンの評伝「王家の血統」を共訳で載せた時にも手伝っていただきました。
北村 クイーン論を途中まで書き、読んでいただいたら褒められた(笑)。それが後年『ニッポン硬貨の謎』に結実しました。
戸川 あれが母胎でしたね。そして「日本探偵小説全集」を、となったわけです。この企画を通して鮎川先生とのつながりができ、北村さんの作家デビューにもつながりました。それから鮎川先生の名前を冠した新人賞を作る流れにもなったのです。
大学時代の北村薫氏の個人誌「じゆえる」。毎号色を変えた表紙に線画が描かれている。
「日本探偵小説全集」の編集
戸川 それまでのおつきあいで、北村さんの該博な知識をよく存じ上げていましたから、「日本探偵小説全集」を創る時に全巻の構成を依頼できたんです。
北村 今考えても、よくこれだけ全幅の信頼をしていただけたな、と驚きます。他の社では必ず入れるような定評ある作品でも、わたしが、認めないから入れたくないというと、意見を通してくださった。一方、坂口安吾の「アンゴウ」とか、それまで、とられることのなかった名作も収録できました。
戸川 監修には中島河太郎先生のお名前をいただいていますが、実質的な編集は百パーセント、北村さんにお任せしました。そのたたき台を持って、二人で中島先生のところに行ったわけです。ひょっとして、作品と作家の扱いに異論が出はしないかと、緊張しましたね。しかし割合すんなりと。
北村 そうですね。
戸川 内容見本ということに関して言うと、僕は東京創元社に入って一番最初の仕事がバルザック全集だったんですよね。
北村 買ってました(笑)。
戸川 ありがとうございます(笑)。
その内容見本を作る時に私市保彦先生に全巻の内容紹介を依頼して、その大変さを思い知っていたのです。それで「日本探偵小説全集」は北村さんにお願いしたわけですが、今回このエッセイ集で読み直しましたが、みごとなものですね。
北村 なつかしいです。
戸川 もう一つは作品のセレクトのすばらしさ。収録プランを立てるときに、頻繁に北村さんから電話がかかってくる。甲賀三郎の「青服の男」を読んだことがありますかと言われ、読んでみると面白い。「でしょう?」と言って、「これを入れたいんです」。それから、木々高太郎では『柳桜集』という短篇集があって、これはこの形で提供するのがいいんだと。
北村 たまたま、その本を知っていたからですけど。
戸川 それから、これは北村さんがこの十二巻の中でも一番自慢されてるところですが、横溝正史の『本陣殺人事件』があって『獄門島』があって、その中間に……
北村 「百日紅の下にて」。途中から、あれを入れて繋ぎましょう、と言い出した。
戸川 こういうふうに読んでいくのが一番幸せな読み方なんだというような、そういう見せ方を考えて編集しているんです。やっぱり単なる編纂者というのとは違うんですよね。この「日本探偵小説全集」の内容紹介を読むと、北村薫の作家としての力量ばかりでなく、編集者として単に作品を選ぶだけじゃなく、その見せ方まで考えていることがわかるんです。
「東西ミステリーベスト100」
戸川 「東西ミステリーベスト100」中の二十作品ぐらいを北村さんが、匿名で担当されて、あらすじと読みどころを書いていますね。このあらすじがすごい。『Yの悲劇』とか『黄色い部屋の謎』とか――これがまた、いいんですね。それを読むと、紹介されたその作品自体を読みたくなる。作家的な表現の豊かさと編集者的なセンスが発揮されています。
北村 『不連続殺人事件』とかね、楽しんで書きました。
戸川 「うんちく」の切り口というか切れ味もよくて、その処理のしかたにもやっぱり作家・北村薫の力量が非常によく出ていると思いますね。
北村 「東西ミステリーベスト100」は今度、四半世紀ぶりのベストが十一月に出まして、私も投票して、折原一さんとの対談にも参加しています。
戸川 僕も投票をしましたよ。
北村 文春のウェブでは、折原一さんとの対談のロングバージョンが読めます。そのなかで二人が当時匿名で執筆したことも話題にしています。
作家デビューの頃
戸川 東京創元社に入社したときから僕はずっと日本の作品を出したいと思ってたんですけれど、いきなり鮎川哲也の『黒いトランク』というわけにもいかない。やっぱりそれなりの前提が必要でしたから、全集なら文句ないだろう、ということで、最初にこれを考えたんです。
北村 その頃、戸川さんが私に、書いてみなさいと言い続けてくださった。
戸川 ご本人にその気はなかったのですか。
北村 無理だと思ってましたから。今でも書けって言われてもなかなか書かない。
戸川 そうですね(笑)。
北村 読む方にしても、本格ミステリの鮎川、都筑(道夫)作品を大学時代から好きでいたのに、本格ミステリ冬の時代に入ってちょっと遠のいていた。ところが、笠井潔さん、島田荘司さんの登場で、おっ、と思った。それから泡坂妻夫先生。
戸川 ええ。連城三紀彦さんもね。そのあたりのデビューの頃のことを書いたエッセイも本書に収録されていますね。
北村 戸川さんが声をかけてくださって、そのあと情熱的な編集者がいて「覆面作家」のシリーズや『スキップ』などの作品が書けました。『スキップ』が出てから、十七年もたつんですからね。びっくりですよ。
「鮎川哲也日記」の仕事
北村 いま、戸川さんと鮎川先生の遺された日記を書き起こす仕事をしています。
戸川 再来年には本にしたいですね。
北村 ミステリファンなら買わずにはいられないような本になりますね。時代の証言としても重要な意味を持つものです。思えば、作家としての始まりに戸川さんがいらして、いままた、日本の本格ミステリそのものと言っていい鮎川先生の日記に関する仕事を、ご一緒に出来ることに不思議な縁を感じます。いい本にしたいですね。
戸川 北村さんのエッセイ集もまだこのあとも続きますよね。それもまた作家の軌跡の記録として「読まずにはいられない」――楽しみです。
(とがわ・やすのぶ 東京創元社相談役/きたむら・かおる 作家)