書評・エッセイ

2013年1月号掲載

変容の軌跡と歴史の分岐点

――春原剛『米中百年戦争 新・冷戦構造と日本の命運』

久保文明

対象書籍名:『米中百年戦争 新・冷戦構造と日本の命運』
対象著者:春原剛
対象書籍ISBN:978-4-10-306963-8

 二〇〇〇年の大統領選挙で共和党候補ジョージ・W・ブッシュは、強硬な対中国政策を用意して当選し、ある程度実践したが、〇一年の九・一一同時多発テロによって方向転換を余儀なくされた。テロとの戦いに集中するために、中国と協調する道を選択したのである。
 その後約十年余り。九・一一後のアメリカ外交のすべてが誤りであったとはいえないであろう。しかし、イラク戦争は不要であったかもしれない。あるいは、アフガニスタン戦争も、アルカイーダ軍事拠点の攻撃程度は仕方ないにしても、アメリカはやや長きにわたって貴重な軍事的資源を投入し過ぎたかもしれない。気が付いてみると、中国の予想を超えた軍事的台頭が眼前に存在していた。まさに「空白の十年」となってしまった。
 本書は安全保障問題を専門とするジャーナリストが、主としてアメリカ政府高官および安全保障専門家に入念な取材を行ったうえで書き下ろした、クリントン政権からオバマ政権にいたるアメリカの対中政策の変容の軌跡を辿った力作である。
 クリントンは就任時こそ人権問題で中国に強硬であったが、末期は中国との関係改善を優先政策とした。次のブッシュ政権は逆のパターンとなった。オバマ大統領は当初は中国に対して柔軟な姿勢で臨み、アメリカからは米中で世界の困難な問題に協力して取り組むべきとするG2論すら提起された。ところが、その後オバマ政権の対中外交は大きな変化を見せる。本書はそのあたりの経緯について、とくに二〇〇九年十二月のコペンハーゲンでの国連気候変動枠組条約第十五回会議あたりから、南シナ海の領土紛争に関連して、二〇一一年十一月に東アジア首脳会議に出席したオバマ大統領が、航行の自由や国際法の順守、領有権問題の平和的な解決を要求するようになったことなどを強調しながら、臨場感を醸し出しながら叙述していく。こんにち、オバマ政権は軍事的にもさまざまな形で中国への対抗措置を講じ始めている。
 アメリカの専門家の中国観も、ここにきてG2的なものから、ジェームズ・マンがその著書『危険な幻想』で指摘したような悲観的なものに変わりつつあるように思われる。すなわち、中国の経済発展が続いたとしても、中国は権威主義的な体制のままであろうという見方である。
 日本も局外者ではない。南シナ海問題で米中が最初に衝突した二〇一〇年七月のすぐ後の九月七日に、尖閣諸島での中国との衝突が起こっている。著者によれば、知日派アーミテージらはその年の春から、中国艦船による挑発行為に注目していたがゆえに、このような事態を危惧していた。
 本書では、オバマ政権のアジア外交チームが就任当初、いかに「日本重視」を印象付けるために様々な努力を行ったかも紹介されているが、鳩山政権以後迷走した日米関係が、野田政権になってから、中国の軍事的台頭に共同対処する方針に歩調を合わせるに至った点も指摘されている。
 わが国では、アメリカの民主党は日本に冷たく中国を優先する、あるいは同党の外交は軟弱であるがゆえに中国に十分強硬な外交を展開しえないといった固定観念があるように見えるが、少なくともオバマ政権の二年目あたりからはこの見方は妥当しないようである。
 ただし、今後のアメリカの対中政策が、かつて冷戦期にソ連に対して行われたような封じ込め政策となるかどうかは不明である。米中関係は、核弾頭を向けて威嚇し合った米ソ関係とは異なるし、経済的相互依存関係もきわめて大きい。しかし、かつてスターリンは、東欧支配などでアメリカを挑発したのち、アメリカが強硬に反発し、対ソ政策を急速に硬化させたことに驚き、自らの誤算を思い知った。これは一九四六年から五〇年にかけてのことである。ことによると、こんにち、我々はそのような歴史の分岐点にいるのであろうか。これは、アメリカ、日本など関係各国の、そして何より中国の指導者の今後の判断と行動にかかっている。本書はまさにそのような歴史の転換点となる可能性のある時期に焦点をあてており、長く余韻の残る書でもある。

 (くぼ・ふみあき 東京大学大学院法学政治学研究科教授)

最新の書評・エッセイ

ページの先頭へ