書評
2013年1月号掲載
謎の女王卑弥呼の食
廣野卓『卑弥呼は何を食べていたか』
対象書籍名:『卑弥呼は何を食べていたか』
対象著者:廣野卓
対象書籍ISBN:978-4-10-610499-2
古代史に登場する女性で人気ナンバーワンは、なんと云っても邪馬台国(やまたいこく)の女王卑弥呼(ひみこ)でしょう。有名な『魏志倭人伝』に、強力なカリスマ性を備えた巫女(みこ)女王として描かれています。
それにしても、千人もの婢(はしため)(巫女)を従えながら、食事など身の回りの世話をするのは男子ただ一人で、その姿を見た者がほとんど無いという人物描写は、あまりにも謎めいています。そのうえ、何年も続いていた「倭国の大乱」を終息させる力も秘めていました。
人前に現れない卑弥呼が、どうして大乱を終息させ得たのか、矛盾すら感じます。『倭人伝』の「鬼道に事(つか)え能(よ)く衆を惑わす」という卑弥呼の実像描写だけでは、謎は深まるばかりです。
そんな卑弥呼の実像に、食という切り口でアプローチしてみました。しかし、『倭人伝』は、卑弥呼の食そのものにはふれていません。それを解明するには、彼女の年齢や、当時の遺跡の出土物から類推する以外に手掛かりはありません。
そんなところに、奈良県桜井市の纒向(まきむく)遺跡からモモの種が二〇〇〇個余、弓や木製品とともに出土しました。いずれも呪術に用いられた品々です。さらに、獣骨・魚骨やドングリ類、酒づくりの材料ニワトコの実なども出土して、卑弥呼の食の姿が、おぼろ気ながら見えてきました。
ところで、私が古代食の研究や復元に手を染めて、二十年になります。奈良シルクロード博のセミナーに講師として参画した縁で、参加者と「食の万葉講座」という会を結成し、これまで、実に多くの古代食を復元してきました。高杯(たかつき)など土器類や藻塩(もしお)・醤(ひしお)などの調味料も、古史料に忠実に加工して、古代食復元に使用してきました。
会の活動を知った毎日テレビから依頼があり、奈良時代の悲劇の宰相、長屋王(ながやおう)の食を復元しました。赤米は茎丈の高い、古代種に近い品種の穂付きを入手し、十一月で、すでに禁漁期に入っていたアマゴやアユは、奥吉野から干ものを取り寄せるなど、会員が総力をあげて食材を集めました。
こうして、当会としては空前絶後の食材の数々を用いて、長屋王の豪華な食卓を再現しました。
ついで、卑弥呼の食の復元のため、史料検索を行っていたところ、前記したように、実にタイミング良く、卑弥呼時代の食材の数々が出土して、当時の食の解明に貴重な手掛かりを得ました。
ところで、卑弥呼や倭の諸王は、後漢から三国志時代にかけて、大陸や朝鮮半島へ盛んに使節を派遣しています。こうした機会に、古代中国の食文化が倭国にもたらされ、食文化に影響を与えたことは否めません。
これらの史実もふまえて、卑弥呼時代をはじめ、大和王朝への食の行脚を、『卑弥呼は何を食べていたか』と題する小書にまとめました。
卑弥呼の食は、どんな味がしたのでしょうか、読者も、是非、味わってみてください。
(ひろの・たかし 古代食文化史研究家)