書評・エッセイ

2013年2月号掲載

「もやり」は禁物

――伊藤まさこ『家事のニホヘト』『台所のニホヘト』

岡戸絹枝

対象書籍名:『家事のニホヘト』 『台所のニホヘト』
対象著者:伊藤まさこ
対象書籍ISBN:978-4-10-313872-3/978-4-10-313873-0

 昨今ますます数多い「暮らし本」の中でも、出版すれば必ずヒットする伊藤まさこさんの本。現在はスタイリングの仕事よりも自身の暮らしぶりを紹介することが多くなっている彼女の、昨年12月に出した『家事のニホヘト』、今年1月に出る『台所のニホヘト』。どちらも丁寧にして簡潔、時に愉快な(あまりにもきれい好き、そして時たま人間的な)暮らしぶりが存分に発揮されている。家事も台所も「イロハ」の先の「ニホヘト」の紹介だそうである。
 伊藤まさこさんによると、日々の生活で最も避けねばならないのは「もやり」。「もやり」とは、「冷蔵庫の野菜室の奥の方、歯ブラシを入れてるコップの底、机の引き出しのすみっこ、レシートでいっぱいになったお財布の中、流しの洗いかごの裏側……つまり、ふだん目が行き届かなかったり、じつは分かっているんだけど見て見ぬふりして、やりすごしている場所、そこに澱んだ空気」のことだそうで、この「もやり」をいかになくしていくか、が伊藤さんの暮らし術の重要テーマであることが窺われる。
 そのために伊藤さんが考えだしたのは、たとえば「Tシャツぞうきん」というもので、Tシャツやエプロンなど使い込んだ布を適当な大きさに切って、切った部分を内側に折り込むようにし(美しく見せる細かい芸!)、小さなかごの中に入れ(気分によっては瓶に入れ、布の色合わせまでしている!)、シンク下や洗面所の水回り近くに置いて、台所のコンロまわりの油はねはもちろん冷蔵庫の取っ手、食器棚の中、椅子の足、竹のかご、電気のスイッチ、ランプシェード、窓の桟、長押や幅木、玄関のたたき(毎日一度必ず行う)など汚れに気がついたら(気がつかなくても)とにかくさっと取り出し、水で濡らして固くしぼって拭く。ゴミ箱などは(汚れの目立ちやすい白をわざわざ選び)中から外、ふたまで念入りに拭くのだそうである。
 においも目に見えない大敵「もやり」で、台所の“もやりチェック”には特に心を砕く。へら(用途によって使い分け)やおたま、鍋は使い終わったら洗いすぎというまで洗い、火にかけて乾かし、においを嗅いで(!)棚にしまう。“もやりがちアイテム”のタワシ、スポンジなども中の中まできれいに洗って乾かす。キッチンクロスは、ぱりっと乾いた清潔なものを惜しげなく使いたいために毎日洗濯し、ふきんは鍋で煮沸消毒。一日の家事を締めくくるこのグツグツ音を聞くのが好きなのだそうである。もともと(使用中の?)ふきんやぞうきんが部屋に置いてある状態を嫌っているため、Tシャツぞうきんは使用後すぐに捨てられるのだが。
 かくして伊藤さんの台所は、水滴ひとつない大きなシンクとピカピカのガスコンロ、向かい側にはテーブル型の業務用冷蔵庫があるばかり(上は作業台として使うのでなーんにも置かれていない)。無類のワイン好きで、かつて結婚祝いに両親からプレゼントされたというワイン用冷蔵庫はあるが、全体なにもないがらんとした空間は、「もやり」なしのまっさらな空気が漂うことになる。
 私は伊藤さんのお母様の台所に取材でおじゃましたことがある。磨き上げられたガスコンロや白い壁面、そしてほとんどなにも置かれていない作業台。澱みのないその空間は、考えてみると伊藤さんの台所そっくりではなかったか。いや伊藤さんの台所が(幼い頃から目にし、一緒に立ったであろう)お母様の台所にそっくりなのである。
 手仕事が好きな伊藤さんのお母様は、彼女に(ふたりの姉にも)ずっと手製の服を着せていたそうだし、料理も上手で(彼女はむしろ店屋物に憧れていた)自家製のお菓子やケーキで育てたそうだ。おおらかでしっかり者の良き日本の母のお手本のような方だったと記憶している。
 実際、伊藤さんはお母様から教わった料理、洗濯、かたづけの数々を両「ニホヘト」本で披露している。母の姿を見て子は育つ。明るく正しく美しく「しつけられた」伊藤さんは、お母様に感謝せねばなるまい。

 (おかど・きぬえ 編集者)

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