書評・エッセイ

2013年2月号掲載

ソースは僕を裏切らない

――ブルちゃん愛好会『ブルドックソース レシピ帖』

栗原心平

対象書籍名:『ブルドックソース レシピ帖』
対象著者:ブルちゃん愛好会
対象書籍ISBN:978-4-10-333341-8

 うわ、これ美味(うま)そう。
 ページを捲(めく)っていくと、思わずこんな言葉がこぼれます。さんまのかば焼き、ポークソテー、オムレツ、バターチキンカレー、ピーマンの肉詰め、肉団子のあんかけ、しめじの炊き込みご飯、そして肉じゃが……。料理名だけでいえば、僕自身も仕事場や自宅でよく作るものばかりなのですが、このレシピ集で紹介されている六十六品目はすべて、ブルドックソースの中濃ソースが味の決め手になっている。大のソース好きとしては、写真とレシピを眺めているだけで、お腹が鳴ってしまいそうです。
 僕の実家、栗原家の食卓にも、いつもブルドックソースがありました。母の栗原はるみも、静岡県の下田に住んでいた祖父もソースが大好きで、あの四角い茶色のボトルは切らしたことがありません。揚げ物はもちろん、とにかくありとあらゆる料理にかけていました。
 ソースをかける料理で特に印象に残っているのは、祖父がよく食べていたチャーハンでしょうか。驚かれる方もいるかもしれませんが、やや薄めに味付けした普通のチャーハンに中濃ソースをザッとかけ、少し混ぜながらいただくんです。大阪の家庭では割とメジャーな食べ方らしく、スプーンで口に運ぶとあの濃厚な香りと旨味が広がって、クセになるほど美味しい。それから、母が作ってくれた揚げ団子も。魚のすり身と野菜のみじん切りを練って丸めたお団子を油で揚げて、たっぷり中濃ソースをかけ、揚げたてを頬張る。これもまた、熱々、濃厚で美味しい。
 ソースチャーハンと揚げ団子のソースがけは、少年時代から栗原家の定番でした。
 そんな祖父と母、そして洋食好きの父の影響があってか、僕も物心ついた頃には、毎日の食事にソースが欠かせなくなっていました。最初は出された食べ物にかけるだけでしたが、小学生になると僕も台所に立つようになって、自分で作った拙(つたな)い料理にかけて食べるようになるんです。
 すでに母が料理の仕事をしていて、自宅の台所には食材がたっぷりありましたから、きっと見よう見まねで始めたんでしょう。最初は確か、熱したフライパンに卵を割って落としただけの目玉焼きで、皿に盛り、ブルドックソースをかければ出来上がり。小遣いでも稼ぐつもりだったのか、たまたま家に遊びに来ていた同級生に、そのソース目玉焼きを一皿五十円で売りつけたことがありました。
 少年も成長し、自分が料理を生業(なりわい)にするようになって気づいたのは、ソースが万能の調味料だということ。デミグラスソースをはじめ、ミートソースやドライカレーなど、僕の基本レシピには絶対に欠かせません。
 このレシピ集の宣伝コピーにもありますが、まさに「かけるだけじゃ、もったいない」のです。漬けるだけで、下味をつけながら臭みもとれる。食材にからめて炒めれば、酸味が飛んでまろやかになり、濃厚で甘辛の味に仕上がる。ひと味足りないと感じた料理には、ちょっと加えて隠し味にする。百年以上も日本人が慣れ親しんでいるソースの味は、調味料として抜群にバランスがとれていて、どう使っても期待を裏切りません。
 ソースの魅力は、何と言っても、この「裏切らない味」。ブルドックソース初の公式レシピ集である本書では、少年時代の僕を夢中にさせた「かける」中濃ソースが、その濃厚でコクのある味そのままに、驚くほどのバリエーションで絶品料理に進化しています。冷蔵庫で眠っていた茶色のボトルを台所に持ち出して、新しいソースのレシピに挑戦してはいかがでしょうか。
 とは言うものの、ソースは、ただかけるだけでも美味しいんです。何しろ、裏切らない味ですから。揚げたてのコロッケにたっぷりかけて、かぶりつきたくなってきました。

 (くりはら・しんぺい 料理家)

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