書評・エッセイ

2013年2月号掲載

転がり続けるロック小説

――津原泰水『廻旋(かいせん)する夏空 クロニクル・アラウンド・ザ・クロックⅡ』(新潮文庫)

石井千湖

対象書籍名:『廻旋する夏空 クロニクル・アラウンド・ザ・クロックⅡ』
対象著者:津原泰水
対象書籍ISBN:978-4-10-129273-1

『廻旋する夏空』は、『爛漫(らんまん)たる爛漫』に続く〈クロニクル・アラウンド・ザ・クロック〉――略称クロクロ――三部作の二作目だ。シリーズタイトルも、各作品の題もぐるっと回転している。ロックは転がるものだからだろうか。
『ブラバン』でブラスバンドの魅力を描いた著者が初めて挑んだロック小説。一作目のあとがきで語られているように〈第一の事件、第二の事件――と変奏していくタイプの連作ではなく、前作をひっくり返していく大掛かりな物語〉なので、『爛漫たる爛漫』から読んでほしい。
 爛漫とは、作中に登場する人気ロックバンドの名前である。そのボーカルのニッチこと新渡戸利夫(にとべとしお)が二十四歳の若さで死んでしまった。しかも嫌悪していた違法薬物の過剰摂取で。音楽ライターの母に連れられてニッチの葬儀に参列した十七歳の向田(むこうだ)くれないは、ニッチの兄である鋭夫(えつお)と出会う。鋭夫は爛漫の影のメンバーだった。これまでニッチの楽曲とされてきたものは鋭夫との合作だったのだ。絶対音感を持つ不登校少女くれないと、弟よりも音楽の才能に恵まれながら隠者のように暮らしてきた鋭夫は親しくなっていく。
 やがて開かれた追悼コンサートで感電事故が発生。誰かが機材に細工したのではないかという疑いが浮上する。ニッチが死んだとき、マンションにいたもう一人の人物とは? 手がかりは、一本だけ変則的な〈オープンDチューニング〉になっていたギター。自らもロックバンドでギターとボーカルをつとめる著者ならではの仕掛けに引き込まれる。くれないは事件の謎を探り、ある真相にたどりつくが……。『廻旋する夏空』で覆される。新たな殺人事件が起こって。謎解きにおけるくれないの絶対音感の生かし方が見事だ。
 クロクロには、ミステリ要素以外の魅力もたくさんある。まず、なんといってもロックを聴きたくなるところ。例えば、ニッチが遺した最後の曲「雨の日曜日」。『爛漫たる爛漫』で、こんなふうに描かれている。


 情緒的な曲想とは裏腹に、演奏はのっけから激しい。
 這いまわるようなリードギターの音色、動きの多いベース、嬉々として変拍子風のフィルインを決めるドラム。
 唄に入るといったんそれらは遠ざかり、ニッチが弾いているのであろうリズムギターと、彼の年齢に似合わぬ寂声が曲を覆う。
 すこしリズムがよろめいている。表拍が前のめりで裏拍が遅いのが、ニッチのギターの癖のようだ。今のテクノロジーをもってすれば簡単に修正できるだろうに、あえて温存したものと思しい。


 絶対音感があるくれないを語り手にしているからこそできる、正確な演奏描写。はっぴぃえんどの「12月の雨の日」のイメージを重ねていると知ると、心躍るロックファンもいるだろう。細野晴臣、大瀧詠一、松本隆、鈴木茂が組んでいたバンドのデビューアルバムに収められた一曲だ。『廻旋する夏空』には忌野清志郎(いまわのきよしろう)の「多摩蘭坂(たまらんざか)」も出てくる。
 また、「クロクロ」には著者が津原やすみ名義で書いていた少女小説「あたしのエイリアン」シリーズのキャラクターが登場する。くれないの中学時代の担任教師である赤羽根(あかばね)菊子と、小説家の岡村さつき。もちろん「あたしのエイリアン」を読んでいなくても問題ないが、菊子がくれないのように学校に馴染めない女の子だったということ、さつきが病弱な母の代わりに家事全般をこなす過酷な少女時代を送っていたということを頭に入れておくと、彼女たちの言動がより味わい深くなる。菊子に頼まれ、くれないは爛漫に憧れてバンドを組んだ女子中学生の面倒を見る。コピーバンドの下手くそな演奏も愛情をこめて描かれているところがいい。
 いちばん気になるのは、くれないと〈同じ傾き方をしている〉鋭夫の今後だ。恋とも友情とも名づけようがない、強い結びつき。読み終わったあとも、ふたりが一緒に「切干し大根煮」と「大根の手羽元の煮物」と「ソースかつ丼」を食べる場面の幸福感が残っている。三作目ではどんな方向に転がっていくのか。怖いけれど、楽しみに待ちたい。

 (いしい・ちこ 書評家)

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