書評

2013年3月号掲載

311の「段差」から

――佐伯一麦『還れぬ家』

津島佑子

対象書籍名:『還れぬ家』
対象著者:佐伯一麦
対象書籍ISBN:978-4-10-134216-0

 東日本大震災の際、津波被害と相つぐ原発事故で動転しながら、こんなとき、小説の連載を抱えているひとたちはどうするんだろう、今までの連載をつづけられなくなるのではないか、と私自身も小説家のはしくれなので、心配になっていた。というより、私はちょうど連載の仕事を終えたところだったので、その点だけは助かった、と思わずにいられなかったのだ。そしてこんなことが起こった以上、毎月刊行されている文芸誌のたぐいも、もしかしたら休刊になるのかもしれない、とも案じていた。私の住む首都圏では地震の被害が大きくなかったとはいえ、原発の事故で関西、九州、沖縄に、さらには外国に避難するひとが多かったのだし、物流も途絶え、むりやりな計画停電がはじめられ、大きな余震がつづき、原発の更なる破壊も懸念されていた。私もいつでも東京から逃げられるよう荷物をまとめていた。
「……三月十一日の大震災によって、小説の中の時間も押し流されてしまったのを痛切に感じる。もはや、前に続けて書き進めることは無理かもしれない。」
 佐伯一麦さんも文芸誌に連載小説を執筆していた作家のひとりだった。仙台に住むかれは大震災の起きた三月と四月は休載し、小説の今後について悩みつづけていたという。そしてほかの選択肢はないという判断で、「小説に段差が生まれるのを恐れずに」、小説上の時間をとつぜん飛ばして、311以降の時間をたどりはじめる。皮肉なことに(このように感じずにいられない)、この「段差」が小説内に存在するせいで、今度一冊の本にまとめられた長編小説『還れぬ家』は、ふたつの時間と対峙したたぐいまれな小説として、私たち読者に提示されることになった。
 もともと心臓を病んでいた老いた父が認知症となり、少しずつ衰弱に向かっていく過程を、この長編小説は震災前まで、几帳面に、切実に描いていた。それが二〇〇八年の時点のことで、父は二〇〇九年三月十日に息を引き取った。小説の冒頭で父がはじめて認知症の診察を受ける場面が語られるのだけれど、その日付が三月十一日。
 こうした日付は311のあとになって加えられた作為ではなく、たぶん偶然の日付だったにちがいない。わざとこの日付を選ぶのはあざとすぎて、ふつうは避けるだろうから。それにしても、と思う、なんという不気味な日付の刻印なのだろう。311以前の時間には、何度となく、七八年の宮城沖地震について語られている。そのつど、311以降の時間に生きる読者は深い溜息を洩らさずにいられない。
 作家が長い小説を書いているあいだにも、現実の時間は流れつづける。その時間に、思いがけない大きなできごとが起きたとき、作家は進行中の自分の創作にどう関わればよいのか。もちろん、作家によって、それとも作品の性格によって、答はちがってくるのだろうけれど、じつは常に、作家はこの問いを抱えつづけているとも言える。作品内の時間と、現実に執筆をつづける時間、このふたつの時間のはざまで、小説を書く者はいつでも生きているのだから。
 311のあと、私は漱石の『彼岸過迄』についても思いだしていた。新聞にこの小説を書きはじめる直前、とつぜん二歳の娘が息を引き取るというできごとが現実に起きた。漱石は小説の筋とは関係なく、つまり「段差」を恐れず、亡くなった娘のために、特別な一章を書き記した。ところがふしぎなことに、のちの世の私たち読者にとって、この形以外の『彼岸過迄』は考えられなくなっているし、特別な一章によって作品の強度が増しているとしか感じられない。そして、『還れぬ家』でもこれと同じ現象が起きたのだった。「段差」から生みだされるエネルギーが作品の凄みとなって、読者に直接伝わってくる。読者はただ圧倒されて、311をはさんで書かれたこの作品を受けとめるほかない。

 (つしま・ゆうこ 作家)

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