書評・エッセイ

2013年3月号掲載

小さな喜びのありか

――深沢潮『ハンサラン 愛する人びと』

白石一文

対象書籍名:『ハンサラン 愛する人びと』
対象著者:深沢潮
対象書籍ISBN:978-4-10-120371-3

 編集者にも収穫期というのがあるのだろう。
 本書を担当したKさんは、私が昨年最も感動した田口ランディ氏の『サンカーラ』を作った人だ。その縁で知り合いになり、この書評を頼まれた。ふだんからエッセイ、書評のたぐいはすべて断っているのだが、Kさんの注文ならばと今回だけは引き受けた。同じく彼女が担当した朝井リョウ氏の『何者』が直木賞を受賞した直後のことだ。
 本書を一読して、やはりKさんは編集者として最盛期を迎えているのだと確信した。そういうときは、すばらしい作品が自然に自分のもとへとやって来てくれる。
 この『ハンサラン 愛する人びと』は見事な作品である。唖然とするほどに面白かった。
 作者の深沢潮氏(女性である)は昨年、「金江のおばさん」でR-18文学賞大賞を受賞している。その受賞作を冒頭に置いて、以降、五本の短編を書き下ろして作り上げたのが、このたびのデビュー作ということになる。
 四年前にR-18文学賞を受賞し、受賞作にさらに四本を加えた連作集『ふがいない僕は空を見た』で、あっという間にスターダムにのしあがったあの窪美澄氏と同じような登場の仕方と言ってもよかろう。
 それだけ新潮社も力を入れているのだろうが、なるほど、ここまでの筆力であればむべなるかなと納得しないわけにはいかなかった。
 在日韓国、朝鮮人のあいだで“お見合いおばさん”として名をはせる金江福(本名・李福先)と彼女を取り巻く在日社会の有り様を克明に描いた作品である。
 韓流ブームがすっかり定着した昨今、在日の人々への視線は大きく変わった。『GO』や『パッチギ!』で描かれたような世界観はなりをひそめ(決してなくなったわけではないだろう)、本書でも触れられているように誰もがコリアンタウンに日参し、若者たちは韓国のアイドルに熱狂する時代である。かくいう私でさえ、三日に一度はPSYの「江南スタイル」のPVをユーチューブで視聴して楽しんでいるのだ。
 かつてのような差別的な視線からいまの在日の人々はすっかり自由になったかのように、つい我々も錯覚しがちだ。しかし、事は当然ながらそう単純ではない。本書の各編を読むと、本国の生まれでもなく、さりとて日本人でもない彼らの微妙な立場が、婚姻という最も機微に触れる世界を舞台にありありと描き出されている。その意味ではまったく新しい在日文学の出現と言っても差し支えないのではなかろうか。
 しかしそうした堅苦しいことは抜きにしても、この小説は掛け値なしに面白い。
 夫が総連の職員だったがゆえに、一人息子を北に送ってしまった福は、縁結びの恩人として数多の同胞子女の結婚式に招かれながらも我が子の式には行くことができなかった。それどころか数年前から息子の消息さえつかめなくなっている。そんな彼女がめあわせたそれぞれのカップルが、各編の主人公として、在日ゆえの、または人間ゆえの様々な悩みに翻弄されていく。
 そうしたなか、やたらと親族集まっての儀式が多い在日家庭の日常が、台所からの視点で丹念に、しかもどこかしらユーモラスにつづられている。いつの世、どの国でも習俗や暮らしを支えているのは女性たちなのだと痛感させられるが、そこへ注がれる作者の目線は冷静で、かつ精緻である。それがこの小説のリアリティーをなお一層高めてくれている。
 そして、各編を読み重ねていくうちに、読者は、人種や国籍などとかかわりなく、誰もが抱えている人生のつらさと、そのつらさを乗り越えてこそ手に入れることのできる小さな喜びのありかに目を向けざるを得なくなっていく。そうした点でも、本書は実に見事な傑作なのである。

 (しらいし・かずふみ 作家)

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