書評

2013年3月号掲載

原宿、外苑前という人気スポットに潜むトポスの魅力

今泉宜子『明治神宮 「伝統」を創った大プロジェクト』

陣内秀信

対象書籍名:『明治神宮 「伝統」を創った大プロジェクト』
対象著者:今泉宜子
対象書籍ISBN:978-4-10-603723-8

 ヘリコプターで上空から明治神宮の広大な森を見て、感動したことがある。それが近代に創られた人工的な森だと知れば、誰もが驚くだろう。欅並木で有名な若者文化の発信地、原宿の表参道や、日本離れした素敵な外苑が明治神宮と一体として構想された事実も、忘れられがちだ。
 本書は、この明治神宮を生み出した壮大なプロジェクトの知られざる実像を描く意欲的な著作だ。主な時代は、大正から震災復興期の昭和初期。東京が近代の都市骨格を創造していく華やかな頃にあたる。一大国家プロジェクトだけに、日本近代史を飾った錚々たる人物がこれに深く関わる。著者は、その多くが海外に留学した「海を渡った造営者たち」である点に着目し、彼らが海外で貪欲に学んだことを日本の文化風土に合わせるべく格闘しながら神宮の内苑、外苑を実現したドラマを実証的に再現する。
 著者の今泉宜子氏は明治神宮に勤める研究員であり、派遣されたイギリスの大学で博士号を取得したユニークな経歴をもつ。極めて日本的なテーマに国際的な視点から挑み、海を渡った造営者たちの足跡を欧州各地に訪ね、一次史料を発掘した精力的な現地調査の成果がここに結実している。
 最初に海を渡ったのは渋沢栄一。欧米で学んだ彼の哲学に基づき、民間の力で神宮造営を行うべしとの考えをもち、特に外苑は国民の奉賛金でそれを実現した。だが、彼の東京に造営をというこだわりが問題を生んだ。空気が不浄な都会の東京には、「神聖、森厳」にふさわしいとされた針葉樹が育たない。結局選ばれた方法は、東京の気候風土に合う広葉樹で森厳さを実現することだった。林学先進国ドイツに学んだ本多静六、本郷高徳らの生態学的な理論と林学美学、そして国内を徹底調査した上原敬二が仁徳天皇陵の林から得た閃きが合わさり、荒涼たる土地だった代々木に、常緑広葉樹の荘厳な森が見事に実現されたのだ。
 海を渡った若い専門家達は、国家のためという責任と自負を強く感じ、頑張った。彼らの苦悩と喜びが、「洋行日記」を通じて描写される。ミュンヘン大学に留学した25歳の本多が、学位授与式の晴れ舞台直前の数日間、独りイザール川の下流を望み、声の立つ限り発音して演説の練習をした、というくだりは心を打つ。
 内苑に比べ、近代の自由な発想に立てる外苑では明治式を採用し、欧州各国の都市計画視察を体験した折下吉延が、並木道で公園間を結ぶパリの「連絡式公園計画」から学び、見事な銀杏並木を実現させた。明治天皇の聖徳を記念し、絵画で永久に歴史を残す使命をもつ絵画館の空間のプロデュースを担ったのは、ヴェネツィアに長く留学、日伊交流の架け橋となった画家、寺崎武男だった。
 本書は、神宮の造営史を通じて記述された林学、造園、都市計画、建築、美術を横断する日本近代史の輝く学術成果であると同時に、原宿、外苑前という人気スポットに潜むトポスの魅力を存分に掘り起こしてくれる。

 (じんない・ひでのぶ 建築史・法政大学教授)

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