書評・エッセイ

2013年4月号掲載

会津魂で生きた女傑と志士

――天野純希『戊辰繚乱』

東えりか

対象書籍名:『戊辰繚乱』
対象著者:天野純希
対象書籍ISBN:978-4-10-120331-7

 もののふの 猛き心にくらぶれば
  数にも入らぬ我が身ながらも
 本書『戊辰繚乱』に登場する実在したヒロイン、中野竹子の辞世の句である。戊辰戦争の中でも、ひときわ凄惨な戦いとなった会津戦争。大河ドラマで名を知られるようになった山本八重と並び称されるほどの戦いをした女傑、それが中野竹子である。江戸詰の会津藩士、中野平内の長女に生まれ、藩の薙刀指南役を務める赤岡大助に師事し、並みの男でも到底かなわない腕を持ち、習字、和歌、剣術にも秀でていたという。藩主・松平容保の義姉である照姫を守るため、女だけの薙刀隊を組織し、長州などの西軍と戦ったのち、銃弾に倒れたと言われている。
 もう一人の主人公である山浦鉄四郎も会津士魂を叩き込まれた会津藩士の四男に生まれる。十歳のときに黒船が来襲し、尊皇だの攘夷だの、開国だの公武合体だのと喧しい中、妙に冷めた青年であった。会津では忠義一徹を旨とし、主君や上役を差し置いて藩や国家の行く末を議論するということはありえない。会津から江戸に来て、石見津和野藩出身の西周が開いた塾でも、自他ともに認める劣等生であった。
 この山浦鉄四郎が中野竹子と出会う。剣では多少の自信を持っていた鉄四郎が、竹子に完敗してしまうのだ。自堕落に遊び呆け、怠けていた精神に喝を入れられ、やがてふたりはお互いを好きになっていく。
 次代の歴史・時代小説を担う旗手、と私が期待して止まない天野純希が、今回選んだ時代は幕末。青雲の志を掲げ、多くの若者が、新しい日本を夢見て奔走した時代である。多くの若き英雄が現れ、大義という名の陰謀と裏切りにあって命を落とした。しかし、山浦鉄四郎はそういう連中とは少し違っている。
 一介の下級武士が天下国家を語ったところでどうなるものでもないだろう。鉄四郎は、ただただ平穏無事に生を送ることができればいい、と考えていた。家を継げるわけでもなく、出世欲も志もない。どこぞの家に入り婿して、子の成長を眺めながら年を取って行ければ上出来だ、できれば竹子のような美人を妻にしたい。そんなのほほんとした男が、時の奔流に押し流され、明治維新の荒波に巻き込まれていく。
 幕末、会津藩は、まさに大荒れの海に浮かぶ小さな船のように翻弄された。京都守護職にあった藩主・松平容保は、不逞浪士取り締まりのため、腕の立つ会津藩士を都に呼びよせた。そのひとりに鉄四郎が選ばれたのだ。江戸で知り合った藤堂平助たちが通う試衛館に出入りしていたことで、のちに藩から命じられて新撰組にも籍を置くことになる。
 竹子と戦い、一本取ったら嫁にする。そう心に決めていたところへ、当の竹子が壬生の屯所へやってきた。結局勝てない鉄四郎に向かって「夫になれ」と命ずる竹子。別れ別れに暮し、手紙だけでお互いを思いやる。死なずに竹子の元へ戻る、それが鉄四郎の最大の望みとなった。人を初めて殺めた恐ろしさも、いつしか慣れに変わったころ、大政奉還によって容保が職を解かれ会津若松へ帰ることになった。江戸表の会津藩士とともに中野竹子の一家も会津に戻った。
 幕末から明治維新が日本の最後の内乱である。幕府側なのか朝廷側なのか、藩の指導者の態度でころころ変わる中、会津藩は違った。鳥羽伏見の戦いから始まった戊辰戦争において、新政府軍である薩長同盟は会津藩主、松平容保を朝敵として会津若松に迫ってきた。
 山本八重は砲術指南役の娘で、鉄砲の扱いに秀でていた。しかし普通の子女が戦える、最大の武器は薙刀である。竹子は鉄四郎の身を案じつつ、自ら“娘子隊”を組織し、母・孝子、妹・優子とともに長州軍をはじめとする西軍を迎え撃つ。城内では鉄四郎が籠城する人々を鼓舞していた。
 現在大評判の大河ドラマ『八重の桜』に中野竹子も登場するという。八重と対戦する場面もあるらしい。「ならぬものはならぬ」という魂を注がれた、男と女の物語を幕末の歴史とともに楽しんでほしい。

 (あずま・えりか 書評家)

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