書評・エッセイ

2013年4月号掲載

村上智彦は何と闘っているのか

村上智彦『医療にたかるな』

海堂尊

対象書籍名:『医療にたかるな』
対象著者:村上智彦
対象書籍ISBN:978-4-10-610513-5

 村上智彦氏とは、財政破綻した夕張市を取材した時に初めてお目に掛かった。当時、村上氏は夕張医療センター(旧夕張市立総合病院)のセンター長として招聘され、現場の惨状に直面し怒りまくっていた。ダメダメな市政、そんな行政に甘える市民へ向けられた批判は舌鋒鋭かった。そんな中で印象的だったのは、「自分は夕張に骨を埋めるつもりはない」という言葉だ。メディアの寵児になっていた状況下でのその言葉は意外だった。夕張復興のため粉骨砕身します、とでも言っておけば世の支持はたやすく得られただろう。けれども村上氏はあえてそうはせず、自分の気持ちを正直に述べていた。あれから五年、氏は夕張を離れた。そこに気負いや衒いはない。
 あるがままに。
 それが、村上智彦という人物の本質だ、と私は感じている。

 村上氏は言う。
――本書ではあらゆる「敵」を名指しして、例外も聖域もなく徹底的に叩きます。(中略)時には過激すぎるように思えたり、個人攻撃に思えたりすることもあるかも知れません。しかし、先にも述べたとおり、本当の敵は「個人」ではなく、「仕組み」(考え方の構造)なのです。
 ここに本書のすべてが詰まっている。人ではなく、属する組織を叩く。対象は市役所の役人や組合員に留まらず、患者である市民にも向けられる。そうした言葉を直接聞かされた人たちの中には、氏を煙たがる人もいただろう。自分が見たくない、真の姿を突きつけられるからだ。だが、氏の口調は優しく、「敵」を見る視線には愛があるようにも思える。それは氏が自分もそのシステムの一員だという視点を決して忘れていないからだ。
 著者本人が、過激な内容だと申告しているにもかかわらず本書の読み心地はやわらかく、優しい言葉のつながりで綴られている。村上氏の主張を結晶化させた言葉にムダはなく、ただ透明な問題提起だけがある。氏の言葉が胸に響くのは、言葉が現実の行動で裏打ちされているからだ。本書からは、氏が何としても救いたいのは日本の未来と、それを支える若者だということが伝わってくる。
 本書を単なる日本の医療問題を指摘する書として読むのはもったいない。同じような問題は今、日本のあらゆる現場で起こっているから医療分野以外の人も本書を読めば、自分が直面している問題の解決策のヒントを得ることができるだろう。
 本書は、どうにもならない現場で体を張って七転八倒しながらも、未来を決して諦めない改革者からの提言書だ。
 最後に、冒頭の問いに答えを出そう。村上智彦は何と闘っているのか。それは古い日本である。そしてその先に日本の未来をみている。
 つまり、本書は希望の書なのである。

 (かいどう・たける 作家・医師)

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