書評・エッセイ

2013年6月号掲載

ビギナー探偵の「本格的」事件

――藤田宜永『風屋敷の告白』

吉野仁

対象書籍名:『風屋敷の告白』
対象著者:藤田宜永
対象書籍ISBN:978-4-10-119723-4

 あの「還暦探偵」コンビが帰ってきた。
 しかも今回は正真正銘のプロの探偵として活躍するのだ。
 およそ三年前に刊行された藤田宜永『還暦探偵』は、六十歳前後の者たちを主人公とした短編が六つ収録された作品集だった。その掉尾を飾ったのが表題作の「還暦探偵」。定年退職したものの、家に居場所はなく妻と言い争いばかり。そんな男ふたりが、あるとき高校時代のマドンナの頼みで素人探偵をやることになった、という物語である。
 本作『風屋敷の告白』は、そのふたりの男、安達憲幸と塩崎勉がふたたび活躍する長編作だ。神田の裏通りにあるビルの二階に念願の「ゴッドフィールド探偵社」を開き、はじめて本格的な仕事に取り組んでいく。
 九月のある日、事務所をおとずれたのは、すらりとした長身の美女、西畑亜矢だった。豊島区の雑司ヶ谷にある空き家の持ち主を探してほしいと依頼してきた。記憶にはないが、亜矢は三歳になるまでその家で暮らしていたという。認知症を患い施設に入っている母が、雑司ヶ谷の家で過ごした頃のことを語り出したため、彼女が調べてみたものの、現在の持ち主は分からなかった。
 憲幸と勉は、さっそくその翌日、雑司ヶ谷へおもむき、屋敷の調査を開始した。ちょうど台風が日本列島に上陸し、関東にむかっている日だった。ふたりが近隣の家や商店へ聞き込みをしていったところ、女探偵や女流雀士など、怪しげな女たちの存在が浮かび上がってきたばかりか、背後に事件性のある出来事が関わっている気配を感じ取った。
 そして台風による激しい風が吹き荒れているとき、彼らが屋敷の内部で目にしたのは白骨死体だった……。
 探偵業をはじめたふたりは、聞き込みで情報を集め、できるかぎりの関係者と面会し、丹念に事実を探っていく。ところどころに飄々とした会話が織り込まれているが、物語自体は、きわめて本格的な探偵小説である。
 物語の中盤あたりで塩崎勉は、子供の頃に夢中になって見た『サンセット77』や『ハワイアン・アイ』などの探偵ドラマが「今の俺たちに繋がった」と語っている。
 それに対し憲幸は、「テレビドラマみたいに格好よくいかないけど、探偵って面白い商売だな」とこたえる。ドラマにかぎらず、「シャーロック・ホームズ」「ルパン」「少年探偵団」などの探偵小説を夢中になって読んだことのある者ならば、だれもが名探偵になりたいとあこがれたものだろう。
 ある意味で、この主人公ふたりは少年のときに叶えられなかった夢を実現しようとしているのだ。
 依頼された調査をする過程で怪しい男女と出会い、どんどんと危ない領域に足を踏み込んでいくものの、見事に事件を解決する。しかも、嵐の吹き荒れる最中、屋敷で発見される謎の死体。こうした事件とめぐりあえたなら、探偵冥利につきるというものだ。
 もっとも、殺人にまで発展した事件を調査していると、警察が絡んでくるばかりか、場合によっては危険な目にあうことを覚悟しなければならない。それでも彼らは、真相に迫っていく。
 憲幸はつぎのように独白している。
〈探偵は、探偵業法ができたくらいだから、市民社会から眉を顰(ひそ)められることもある職業である。しかし、長年サラリーマンをやり、定年退職した自分にとっては、明日何が起こるか分からない仕事が、生きる糧になっている。あのまま家にいたら、穏やかではあるが、生気のない顔をして日々を送っていたに違いない。〉
 作者は、現代日本を舞台に、しかも還暦をすぎた男たちを主人公にしつつ、二転三転し、最後まで意外性と、サスペンスに満ちた小説を書いてみせた。同世代の方はもちろん、「明日何が起こるか分からない」物語を求める方に、ぜひおすすめしたい。

 (よしの・じん 文芸評論家)

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