書評・エッセイ

2013年7月号掲載

アドバンテージは思考から生まれる

――エドワード・B・バーガー&マイケル・スターバード
『限界を突破する5つのセオリー 人生の大逆転を生むスマート思考術』

生島淳

対象書籍名:『限界を突破する5つのセオリー 人生の大逆転を生むスマート思考術』
対象著者:エドワード・B・バーガー&マイケル・スターバード著/中里京子訳
対象書籍ISBN:978-4-10-506451-8

 この十年間で、アメリカではあらゆる分野の「統合」が進んだ。私が専門とする同国のスポーツでも、統計学や予防医学などが、より強い組織を作るための常識となっている。
 成功例で最も有名なのは、映画にもなったベストセラー『マネー・ボール』だろう。カネがモノをいうメジャーリーグの世界にあって、低予算で戦わざるを得ないオークランド・アスレチックスは、有名選手の補強が出来ず、数学、統計学的なアプローチを積極的に用いて、埋もれていた選手を発掘。浮き沈みはあるものの、その後も、長期的な視点でみれば安定的な成功を収めている。
 アスレチックスが成功したのは、門外漢だった統計学の専門家を球団幹部に起用する柔軟性、そして、それを実行に移す勇気を持っていたからだ。グラウンドでの経験を重んじる業界にあって、偏見を持たず、開かれた発想を持っていたことが、成功への道筋だったのである。そこに「アドバンテージ」が生まれた。
 数学者コンビによる『限界を突破する5つのセオリー』は、まさに「アドバンテージ」を生むためのものだ。理解、失敗、問い、流れ、そして変化という5つのキーワードで、その方法論を説いていく。
 まず興味を持ったのは、積極的に「失敗」を奨励していることだ。失敗はネガティブなことではなく、成長できるチャンスと捉える。しかも、時と場合によっては意図的に失敗してもいいと考える。
 実は、メジャーリーガーの中にも、積極的に失敗しようとする選手がいる。たとえば、ある投手は敗戦処理を任された場合、意図的に甘いボールを投げるという。点差が5点以上で試合も終盤なら、結果は見えている。たとえ本塁打を打たれても、勝敗にはさほど影響はないからだ。つまりは「失敗できる環境」で相手打者の傾向を把握し、次回の対戦を有利に運ぶために伏線を張っておくのである。
『マネー・ボール』の主人公、アスレチックスのジェネラル・マネジャー、ビリー・ビーン(映画ではブラッド・ピットが演じた)の成功の陰には、「問い」があるのかもしれない。一昨年、彼に取材する機会があったが、「日本では先発投手の球数制限の考え方に変化はないのかい?」などと次々と質問を投げかけてきたのだ。新しい発想は、リーダーの「問い」によって醸成されているに違いない。
 私は年に一回、非常勤講師として大学の教壇に立っているが、講義の中盤で「質問はありますか?」と学生に聞くのは、野暮だということもこの本から学んだ。
 共著者のひとり、エドワード・バーガーは、学生たちに質問をぶつけて沈黙を生みだすよりも、二人ひと組になって質問を考えさせたり、予(あらかじ)め「公式質問係」を決めておき、授業を活性化させていく。そうすることで、学生たちが主体的に耳を傾け、内容を深く理解できるように誘導するのだ。
 アメリカでは「質問の自主性」が重んじられる。野球でも、マイナーリーガーはコーチからの教えを待っていてはアドバイスをもらえない。質問して、ようやく欠点、弱点を指摘してもらえるようになる。主体的に質問することが自分の力の向上につながるという考えは、アメリカの特徴であり、国力の源泉だと私は思う。
 この本はたしかに思考術の本ではあるが、それを下支えしているのは、学生の力をいかに引き出すかという「コーチング」の技術である。指導的な立場にある人が読むと、無数のヒントが散らばっていることに気づくだろう。
 取り上げている実例はどれも示唆に富み、思考術を身につけるプロセスの紹介も巧みで、最後まで一気に読んでしまう。専門は異なるが、「ハーバード白熱教室」で世界的に知られるようになったマイケル・サンデルと同様、本書の著者二人も「知のエンターテイナー」なのだと思う。
 この人たちの数学の講義ならば、一度聞いてみたかった。きっとアドバンテージを得て、自分の人生が変わったんじゃないか……そんな気分にさせてくれるほどだから。

 (いくしま・じゅん スポーツ・ジャーナリスト)

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