書評
2013年7月号掲載
セックスとお茶と、コミュニケーション
――平野久美子『ラブティー 恋に効くお茶』
対象書籍名:『ラブティー 恋に効くお茶』
対象著者:平野久美子
対象書籍ISBN:978-4-10-424503-1
ハーレクイン・ロマンス張りのお洒落なタイトルの本は、女性専用恋愛サイトのアンケート結果から始まる。なんと今は8割近い女性が、酒を飲んだ勢いで自分から男性を誘ったり、一夜限りの関係を持ったりしているという。筆者はここから「酒の上での行為は後悔がつきもの。恋の火付け役にはお茶を選びましょう。お茶だと理性と衝動のバランスが崩れないのですべてが合意の上で進みます」と自説を展開するのだが、私はつい別の見方をしてしまう。まずお茶では「酒の上での過ち」という便利な言い訳が使えなくなるではないか。そして何より許せないのが、最近の男性たちの弱体化現象だ。男が女から誘われるのを待っていてよいのか。男どもよ恥を知れ! お茶の話に入る前に憤死寸前となった私である。
幸い、お茶はそんなやり場のない怒りを鎮めてくれるだけでなく精力増進にも大いに力を発揮してくれるらしい。本書に楽しいエピソードとともに紹介されているお茶には、女性の催淫や性感アップ、男性のED治療や強壮の効果まで、色事関連のありがたい効能が溢れているものが実に多いのだ。まさに目からうろこ。今こそ、高齢者の健康茶といった古いイメージから脱却し、性欲亢進機能を前面に出して新たな茶道を創設するときなのかもしれない。新茶道の急務は、草食化が進む日本男児をお茶で肉食野獣系に変身させ、「一緒にお茶でもいかが?」と男から誘えるようにすることだ。
「恋は茶が取り持ち、色事は酒が取り持つ」と『金瓶梅』にも書いてあるようだが、お茶で女を口説くのは真の恋愛エキスパートだけに許された高度な技だ。何より豊富な話題と巧みな話術が必要なのだが、日本男児が最も不得手なのもその部分。幸い本書は、話し下手な男性の戦術指南書にもなる。お茶の薀蓄(うんちく)を受け売りで語って女性を感心させたあと、「女性にいいものばかりブレンドしたフェミナン茶は、ローズヒップも入っていて美肌効果も抜群です。丁度うちにあるんで今から飲みに来ませんか」と誘うことも可能だ。かくして、家で催淫茶を飲み、早々とベッドインとなれば、本代とお茶の在庫という先行投資など安いもの。
読みやすくするために恋愛を切り口にしているが、筆者が最も強調したいのは、お茶が素晴らしいコミュニケーションの道具だという点だ。セックスもまた人と人を結びつける最高のコミュニケーション手段。お茶と恋愛をドッキングさせて論じるのはきわめて自然なことなのだ。
思わず笑ってしまうのが中国のお茶事情。ダイナミックに(雑に?)淹れるのが中国の「茶藝」と思っていたが、近年それを日本風に体系化し、教室で教え申請料を取って免許を交付しているという。しかも資格取得に最も熱心なのは案の定日本人。日本人の薀蓄好き、様式美好き、資格好きは各種検定からソムリエ資格まで留まることを知らないようだ。やがて香道と同じく、お茶のブレンド種を当てたり産地を当てたりする新たな茶遊びも流行るかもしれない。
たかが一杯の茶を点てるのに、一期一会だ、和敬清寂だの大層な理屈をこね、各流派がそれぞれの儀式美を追求し、時間と金を使って免状を取る人がいるなど、他国の人たちには信じられない行為に映るようだ。生け花とお茶が嫁入り前の女性のたしなみだった時代、私はお茶の所作を見せながらイタリア人たちに説明していた。「私たちは一杯の茶を優雅に点てて夫に出すため約6年も教室に通います」。彼らは目を丸くして言ったものだ。「シニョリーナ、お茶なら自分がティーバッグで淹れるから、人生でもっと大切なあっちの技術を学んでくれる方が嬉しいんだけど」。機を見るに敏な日本人がセックスを様式化し、資格制度を作らないことを祈るばかりだ。ともあれ、学術、実用、雑学まで、お茶に関する情報を広く深く網羅した茶科大全の本書、淫靡な香りが漂う阿部氏のイラストも秀逸で、今年の「シモネッタ推薦図書」入りに決定だ!
(たまる・くみこ 同時通訳・エッセイスト)