書評
2013年7月号掲載
山本周五郎と私
坂の途中で
対象書籍名: 山本周五郎長篇小説全集第5巻『柳橋物語・むかしも今も』
対象著者:山本周五郎
対象書籍ISBN:978-4-10-113404-8
山本周五郎は、あらゆる意味で、私にとって特別な作家である。
出会い方が、まず、特別だった。私は、山本周五郎という作家を、もっとも身近な作家である兄、原田宗典によって知らされた。かれこれ二十年以上もまえのことである。
当時、私は商社に勤務し、アートコンサルティング業務をしていた。美術関連の図書以外に、もちろん小説を読むのも好きだったが、主な愛読書は、アゴタ・クリストフ、マルグリット・デュラス、それに美術絡みのサスペンスなど、海外ものが多かったように思う。ほかには大江健三郎や安部公房など、純文学がもっぱらだった。日本の時代小説などからは、もっとも遠い読者であった。
このような読書の傾向は、実は兄の影響であった。兄は大変な読書家で、本棚には常に多くの小説が並んでいた。私は中学生の頃から、兄の本棚から本を抜き取り、読み耽った。その習慣は社会人になっても変わらなかった。兄の家を休日ごとに訪ねては、作家となった彼の書棚を物色したものだ。
あるとき、都内の大学の文化祭で兄の講演会があった。私は聴衆のひとりであった。テーマはどんなものだったか忘れてしまったが、兄は講演の中で、忘れ難いエピソードを披露した。それは、山本周五郎にまつわることだった。
自分は周五郎の熱心な読者ではない、と正直に前置きしつつ、兄は、最近新聞で、とある凄惨な事件の遺族である男性のインタビューを読んだ、と語った。
何者かに妻と子供を殺害され、先日、犯人がみつからぬまま時効を迎えた。どれほど長く苦しい日々を過ごしたことだろう。どんなに求めても、もう妻も子も還らない。しかも、犯人は未発見なのだ。
なんという悲劇、なんという人生。それなのに、その男性は、インタビューの中で、犯人に対する恨み辛みを並べることなく、こう結んでいた。
「これからの人生は、山本周五郎の『ながい坂』など読んで、静かに暮らしていきたいと思います」
兄は、この一文にとてつもない衝撃を受けた、と語った。ありとあらゆる人生の中で、もっとも堪え難い人生を生きてきたその人を、鎮め、励まし、歩んでゆく力を与える――そんなことができる小説がある。そんな小説を書ける作家がいた。そのこと自体に、自分は大いに勇気づけられた、と。
いつか、自分も年をとって、つらく苦しいことがあったら、この小説を読もう。そう決めて、いまは読まずに、大切にとってあります。
そんなふうに言って、兄は話を締めくくった。
さて講演を聞き終えた私は、兄同様、少なからず衝撃を受けた。山本周五郎とは、名前は知っているものの、兄の書棚に見かけたことはなく、また、自分も時代小説などに興味がなかったから、いままで手に取らずにいた。しかし、あんな話を聞いたからには、いささか気になる。いや、大いに気になる――と、帰り道のその足で、大学付近の書店に直行した。そして、私は年をとるのを待たずに、その日から三日のうちに『ながい坂』を読了したのだった。
以来、周五郎は、私にとって特別な作家になった。読み始めると、止めることができないのである。早く続きを読みたいと気が急くくせに、読み終えるのが惜しくなる。ページが残り少なくなると、ああもう終わってしまうのだと寂しさがこみ上げる。そんな読書体験は初めてだった。
周五郎の描く物語は、必ずしもハッピー・エンドで終わるものばかりではない。ちょっとしたボタンのかけ違いで人間関係がおかしな方向へ転がってしまったり、人災や天災に巻き込まれて、あれよあれよという間に転落し、そのまま這い上がれずにいたりと、冷静に読んでみると、登場人物に対して、作者はなかなか手厳しい。いいことばかりで波乱の起こらぬ人生などあり得ないといわんばかりだ。
しかしそのまなざしはあたたかく、最後にはいつもそっと手を差し伸べることを忘れない。確かに辛いこと尽くしの人生だったけど、ささやかな幸せを感じたことはなかったかい? と主人公に問いかけるかのようだ。
『ながい坂』『樅ノ木は残った』など、武士が主人公の長編は、いずれも深い感動をもたらすものであるが、たとえば『柳橋物語』『むかしも今も』のように、江戸の市井に暮らす名も無き人々の物語もまた、胸に迫ってくる。フィクションではあるけれども、これは単なる絵空事ではない、現代を生きる私たちにも起こりうる、私たちの物語だと思わせる力がある。
筋書きを書いてしまえば、ごく単純である。「待っていてくれ」のひと言を残して旅立った恋人を一途に待ち、ほかの男に言い寄られようとも思いを貫いたのに、誤解がもとで結局は思い人と結ばれなかった娘の話。指物師の親方の遺言を愚直に守り、その娘の幸せだけを祈り、見守り続けた男の話。だからどうした、と言いたくなるような筋書きであるにもかかわらず、これが読ませる。引きつけて離さない。泣かせる。いったい、どんなマジックを使っているのだろうか。
山本周五郎とは、腕のいい料理人のような作家であると思う。まず、素材選びに余念がない。「江戸」「市井の人々」「人情」という、万人が親しみを覚える素材を注意深く選んでいる。そして、それらがもともと持っているポテンシャルを最大限に引き出すように調理をする。料理人の自我や主張はなるべく消す。押しの強い味付けはしない。素材の風味を生かし、味わい深く仕上げるのだ。
でき上がった料理は、見た目はひどく地味かもしれない。が、ほんのひと口含めば、もう止められない。最後に箸を置く瞬間には、深い満足感に満たされる。そして、その余韻は長く続く。またきっと食べに来よう、と心に誓って店を出る――そんな感じなのだ。
よくある素材でも、その素材を見極め、ポテンシャルを引き出す手腕があれば、極上の一品に仕上がる。周五郎の小説とは、まさにその一品なのである。
それにしても、周五郎の筆による江戸の風景や人物描写は、見事というほかはない。まるで見てきたかのごとき活写ぶりである。私は、恥ずかしながら江戸の歴史や風俗にはさほど通じてはいない。それでも、物語を読めば、たちまちあの時代、その風景の中へと連れ去られてしまう。
『柳橋物語』は、主人公のおせんが秋鰺を料理する場面からはじまる。「皮をひき三枚におろして、塩で緊めて、そぎ身に作って、鉢に盛った上から針しょうがを散らして、酢をかけた。……見るまに肉がちりちりと縮んでゆくようだ、心ははずむように楽しい」――この描写の妙。読者はたちまちおせんとともに、台所の土間に立ち、包丁を握って、鰺をさばいているような気分になる。そればかりか、脂ののった秋鰺と針しょうがのぴりっとした味が口中に広がるようですらある。つましくもささやかな幸せに満ちた台所、そして秋の食卓の風景。十七歳のおせんが、このあと運命の波に翻弄されることになる、その片鱗も見せぬ穏やかな導入部。たった数行で、私たちはもう江戸の下町の住人になってしまうのである。
『むかしも今も』の導入もいい。愚直な職人、直吉の恵まれない生い立ちを、これでもかというように書き込んでいく。私たちは直吉に同情し、この先彼に幸せが訪れるのだろうかと気を揉み、心配になる。もちろん、周五郎は安直に主人公を幸せになどしない。これでもか、これでもかと、直吉を追い込んでいく。しかし直吉は、いかにみじめな境遇に追い込まれようとも、正直で、まっすぐで、純粋であることをやめない。亡くなった親方の教えを遵守し、自分もどん底のくせに近隣の貧者を助け、そして一生を懸けて守ると心に誓った愛する人、まきを支え、守り抜く。読者はなんとしても直吉を応援したい気持ちになる。そして、ハッピー・エンドにしなかったら絶対に作者を許さない、とさえ思ってしまう。こうして、まんまと「周五郎マジック」にかかってしまうのである。
直吉が、盲目になったまきのために、まきには黙って真冬に蜆を採りにいく場面がある。まきの息子が大きくなって自分を養ってくれる、本当の親子ではないけれど、いつまでも三人で幸せに暮らす、という幻想が、ふいに直吉の脳裡によぎる。
そう考えてきて、直吉はぎくっとした。
――ばかな、ばかな、なんてえばかなことを。
彼は激しく頭を振り跼(しゃが)んだまま惘然(もうぜん)と水の面(おもて)を眺めた。さわさわと枯芦が鳴り、川波がしきりに岸を洗っていた。直吉はやがてしかんだような、諦めのかなしい苦笑いをうかべ、再び蜆をしゃくい始めた。
この情景のやるせなさ、寂寥感。ほんのかすかな幻想さえも我が身に許さない直吉のストイックさ。泣ける、ほんとうに泣ける。もう絶対に幸せにしてやってください、さもなければあなたの小説は金輪際読みませんよ周五郎先生! と心の中でつい叫ぶ。もはや完全に作者の術中にはまっている、というわけだ。
『柳橋物語』と『むかしも今も』の両作品に限っていえば、それぞれに納得できるハッピー・エンドであると言ってもいいだろう。しかし、周五郎は安易なハッピー・エンドを用意したりはしない。そこに至るまでの紆余曲折、長い道程を体験し、苦難を乗り越えて、主人公は彼らなりの幸福をようやく手に入れることができる。人生を貫く「ながい坂」を上り切ってこそ、最後に訪れるカタルシスは大きいのだ。
それは、読者である私たちの人生にもあるはずの坂道だ。上るのを躊躇することもある。途中で息切れすることもある。それでも前進することを、前進することをやめない力が誰にもあることを、小説を通して、周五郎は諭してくれている。
初めて周五郎文学を読んだ日から、二十余年が経った。初めは、自分が坂道を上り始めていることにも気づかなかった。いま立ち止まってみて、まだまだ坂の途中であると気がついた。そんなときに、再び山本周五郎の物語を読んだ。それはまさしく人生という長い旅路を潤してくれる清水であった。
さて、兄はその後『ながい坂』を読んだのだろうか。次に会ったら、訊いてみよう。
(はらだ・まは 作家)