書評

2013年8月号掲載

橋下市長の前髪

竹内一郎『やっぱり見た目が9割』

竹内一郎

対象書籍名:『やっぱり見た目が9割』
対象著者:竹内一郎
対象書籍ISBN:978-4-10-610529-6

 8年前に『人は見た目が9割』を出してから、私はマスコミ各社の求めに応じ、選挙のたびに立候補者の「見た目分析」を行ってきました。ここで言う「見た目」とは、顔の良し悪しではなく、彼らの声のトーン、話ぶり、表情、身振りなど、すべての「非言語情報」を指します。
 各党とも、選挙前には公約やマニフェストを発表します。しかし、際立って素晴らしい政策を出せる政党はありません。こうなると、立候補者の資質をはかる物差しとして、「見た目」が重要になるわけです。
 政治家の「見た目」を考える上で、このところずっと気になっていたのは、「日本維新の会」の橋下徹共同代表でした。
 橋下氏は大阪府知事になったころ、さっそうとした若さが際立っており、強い支持を受けました。その若さを象徴していたのは、子供っぽく垂らした前髪。それは「まだ若造だが、その分伸びしろもある」というメッセージにもなっていました。
 おそらく本人にもこだわりがあったのでしょう。記者に前髪を上げませんかと問われた際には、きっぱりと「上げません」と答えていました。意識的に「若さ」を売りにしていたのです。私の知る限り、彼が初めてきちんと額を出したのは、石原慎太郎氏の「太陽の党」と組んだ日です。
 額を出した髪型は、昔ながらの大人の男のステレオタイプです。少々アナクロではありますが、政治の世界では必ずしも「清新さ」のみが売りになるわけではありません。政治家は、ある時点からは安定感や重厚さが求められます。
 橋下氏は、大物である石原氏やその周辺に、子供扱いされないための演出が必要と考えて髪型を変えたのでしょう。
 男性に限らず、女性も前髪を上げることで、「プロ」というメッセージを放てるようになります。飛行機の客室乗務員や高級ホテルのサービス係などが前髪をアップにしているのはそのためです。
 プロ仕様の「見た目」になった途端に、橋下氏が起こしたのが従軍慰安婦関連の騒動でした。これまで見たことがなかった、彼の目が泳ぐ瞬間を頻繁に見かけるようになったのは、あの頃からです。目が泳いでは、彼のもう一つの売りである「強さ」はアピールできません。この原稿を書いているのは、参院選の公示日ですが、見た目上の二つの「売り」を失った彼の党は苦戦を強いられるだろう、と思っています。
「見た目」が重要なのは、政治家や芸能人に限りません。恋愛、就活、仕事、人間関係等々、私たちはあらゆる場面で、「見た目」で判断し、「見た目」で判断されています。ではその「見た目」とは何か、について書いたのが、前著であり、今度の『やっぱり見た目が9割』です。
 意識されがちな「言語情報」の後ろには膨大な「非言語情報=見た目」があります。その面白さや奥深さを少しでも理解していただけるきっかけになれば、と思っています。

 (たけうち・いちろう 劇作家・演出家)

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