書評

2013年10月号掲載

『ハードトーク』刊行記念特集

小説にこめた現役ニュースキャスターの覚悟

――松原耕二『ハードトーク』

乙武洋匡

対象書籍名:『ハードトーク』
対象著者:松原耕二
対象書籍ISBN:978-4-10-331242-0

 皆さん、気をつけてください。この小説は仕事に支障をきたす可能性があります。僕は、きたしました。翌朝、仕事で早くに家を出なければならないのに、主人公と彼の因縁相手の対決が楽しみで楽しみで、深夜2時まで読む手をとめられず……。松原さんに苦情の電話を入れたくらいです(笑)。
 松原さんに出会ったのは、14年前です。僕がTBSの夕方のニュース番組「ニュースの森」でサブキャスターを務めさせていただいた時のメインキャスターが松原さんでした。映像を伴うメディアにおけるインタビューでは、相手に表情で語らせることが重要ですが、松原さんはそれを得意とされていて、そのプロフェッショナルなインタビューは本当に勉強になりました。僕のインタビューの師匠です。
 テレビ報道のプロである松原さんが、ご自身の活躍する現場を舞台に、しかも同じ職業に就いているキャスター岡村俊平を主人公に描いた『ハードトーク』は実にリアルでした。ご自身の経験も盛り込んでいるでしょうし、スタジオの様子も空気感も、スタッフもこれはあの人をモデルにしているんだろうなと想像できるほどでした。僕も小学校の教員経験を元に小説を書いた時、主人公を自分の分身のように感じていたので、岡村と松原さんも重なる部分は多いと思います。故に、僕の知らない松原さんにも出会えるかなと期待しながら読んだので、岡村が小説家と不倫したというエピソードなどは、実話なのかと、不倫まではいかなくても性的関係くらいはあったのかなと、ドキドキしました! どうだったんですか、松原さん?
 岡村はインタビューという仕事の魅力にはまり、色々と大切なものを失うわけですが、彼のようにのめりこみすぎてバランスをとれなくなってしまう人って、わりといますよね。衝動に突き動かされてしまったら、理屈も通じず理性も働かなくなり、たとえ家庭が壊れかけても、金銭的に損をするとわかっていても、その衝動を止められなくなってしまう……。
 僕は息子が2人いるので、仕事をもっとしたくても子育ての時間を考えると躊躇せざるをえない部分があり、けど、そこにジレンマを感じてもいました。なので、岡村の姿は薄々勘づいていながらも目を背けていた自分の仕事への想いを突きつけられると同時に、戒めにもなっています。全てを失うかもしれないんだぞ、と。
 だからこそ、僕はこの小説は若い人に読んで欲しい。岡村くらい、自分の仕事にやりがいを感じてのめり込んで欲しい。大切なものを失うことを推奨しているわけではありません。実際に僕がこの小説で一番好きな登場人物である報道局長で岡村の同期の柳井は、岡村のように突っ走ったりはせず、色々と気を遣い、普通の人以上にバランスを上手くとってのし上がっていきます。きっと家庭も円満のはずです。けど、彼はきっと、岡村に対してああいう風に生きることができたら報道の真髄を味わえたのではと、羨望と憧憬を抱いていると思うんです。だから、岡村のことを守ってきた。どちらの生き方がいいというわけではありませんし、人にはそれぞれ進むべき道があります。けど、岡村のように仕事に没頭する時期があってもいい。若い人にこそ、そういう経験をして欲しいですね。
 僕は、松原さんがなぜ「ニュース23クロス」を降板することになったのか、その理由をきちんと聞いたことはありません。ただ、当時の松原さんの声を拾うと、本意ではなかったように感じられてなりません。バランスよく番組を作りたい制作サイドのスタンスとインタビュアーとしての矜持が重ならなくなってしまい、その悔しさやもどかしさを、岡村に託した部分も多いのではないでしょうか。局内にいてこういう小説を書くことにはリスクもあったと思います。並々ならぬ覚悟で臨んだに違いないこの小説で、多くの想いを消化させた松原さんが、今度は何をテーマにされるのか。次作が益々楽しみです。
 それにしても、性的描写の場面が2つほど出てくるんですけどね、人気のあるニュース番組のキャスターがこんなに艶めかしくああいうシーンを書くとは……。
 松原さん、エロい。(談)

 (おとたけ・ひろただ 作家)

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