書評
2013年10月号掲載
常識破りな生物たちの知られざる世界
――堀川大樹『クマムシ博士の「最強生物」学講座 私が愛した生きものたち』
対象書籍名:『クマムシ博士の「最強生物」学講座 私が愛した生きものたち』
対象著者:堀川大樹
対象書籍ISBN:978-4-10-334711-8
本書は文字通り、クマムシ博士である著者の私が「最強生物」について語り倒した本である。
生物の世界は多様だ。かれらの生きざまを見ていると、我々がきわめて狭い視野で物事を考えていることに気付かされる。生物たちが見せてくれる「アナザーワールド」。その魅力に気付いてしまったら最後、もう引き返せない、戻れない。
本書ではクマムシをはじめ、細菌から人間にいたるまで、私が愛してやまない生物たちの数々の物語を、読者にわんこそばを食べさせる感覚で紹介している。最新科学の知識も織り交ぜつつ分かりやすく解説しているので、読了後には科学リテラシーも向上すること受け合いだ。
さて、ここでは私の研究対象であるクマムシとはどのような生き物なのかを紹介しよう。
クマムシは体長が〇・一~一・〇ミリ程度の、四対の肢(あし)をもつ小さな生き物だ。名前に「ムシ」とあるが、昆虫ではなく、緩歩動物とよばれる分類群に属する。クマムシが歩く様子がクマのように見えることから、英語では water bear(水熊)とよばれる。これを和訳したのがクマムシというわけだ。現在、一〇〇〇種類以上のクマムシが確認されている。
クマムシは、種類によって棲む環境が異なる。海に棲むものもいれば、山に棲むものもいる。南極や北極にもいるし、熱帯雨林にもいる。中には、幅広い環境に適応した種類もいる。私たちの身近なところでいえば、道路の上の干涸(ひから)びたコケなどにもクマムシが多く見られる。街を歩くときに、道路の隅をよく観察してみると、コケが生えていることに気付くだろう。その中に、無数の命が棲んでいるのだ。
すべての種類のクマムシは、自分の周りに水がないと活動できない。だが、陸に棲むクマムシは水がなくても生き延びることができる。周囲から水がなくなると、体の中から水が抜け、乾燥して「乾眠」とよばれる仮死状態に入るのだ。乾眠時には、クマムシの体の水分は〇~三パーセントくらいしかなく、カラカラになっている。乾眠状態のクマムシは、まるで石のような無生物に見える。そして降雨などで吸水すると、クマムシは乾眠から目覚める。
クマムシが乾燥しても生き延びられる秘密は、いまだに謎のままだ。この謎を解き明かすことができれば、カップラーメンのように生肉や臓器などを乾燥保存することができるようになるかもしれない。もちろん、人体も。
乾眠状態のクマムシは、とてつもない耐久性をもつことで知られる。この状態だと、クマムシはマイナス二七三度の低温、プラス一〇〇度の高温、ヒトの致死量のおよそ一〇〇〇倍に相当する線量の放射線、アルコールなどの有機溶媒、紫外線、水深一万メートルの七五倍に相当する圧力、真空など、さまざまな種類の極限的ストレスに耐えられる。ちなみに、放射線に対しては通常の活動状態でも高い耐性を示す。
さらに、宇宙環境に一〇日間さらされた乾眠状態のクマムシの一部が、地球に帰還後、復活したことも報告されている。この実験ではほとんどのクマムシが多量の紫外線照射のために死滅してしまった。だが、わずかながら生き残った個体がいたという事実からは、やはりクマムシが他の生物に比べて高い耐久性を備えているといえよう。
いかがだろう。クマムシがとてつもなく常識破りな生き物であることが、お分かりいただけたと思う。私は大学四年生のときにクマムシと出会い、その魅力にどっぷりとハマってしまった。そして気付いたら、もう一〇年以上もクマムシの研究を続けている。今後も可能な限り、この最強動物と付き合っていきたい。
本書では他にも「サイボーグ化したゴキブリ」、「宇宙生命体だった納豆菌」、「不老不死の怪物」、「肉体関係を持つべきでないタイムトラベラー」、「バッタに食べられるのを夢見る博士」など、クマムシに勝るとも劣らない最強生物たちのエピソードが満載である。
生き物好きもそうでない読者も、かれらの知られざる世界を覗いてみてほしい。この世は多様な価値観が混在して成立していることを、かれらは気付かせてくれるだろう。
(ほりかわ・だいき クマムシ研究者)