書評・エッセイ

2013年10月号掲載

肩の荷が重い「女王」という仕事

黒岩 徹『危機の女王 エリザベスII世』

小池滋

対象書籍名:『危機の女王 エリザベスII世』
対象著者:黒岩徹
対象書籍ISBN:978-4-10-603734-4

 今年の七月に英国女王エリザベス二世は男のひ孫に恵まれた。直系第三位王位継承者となる。彼女はさぞ嬉しかったであろう。歴代英国王の中でこれまで最長在位記録はヴィクトリア女王の六四年だが、エリザベス二世は一九五二年に王位を継いだから、記録更新は遠くあるまいと期待される。
 日本の普通の国民が英国の女王について思っているのはこんなところではなかろうか。めでたいこと、女王は幸せな人だと。だからこの本の表題「危機の女王」を見て意外だと驚くかもしれないが、内容を読むとその驚きはさらに大きくなり、何て可哀想な人だと同情したくなるだろう。その通り。エリザベス二世の日々は、心労の連続だったということを、本書は確実な証拠とともに伝えてくれる。
 彼女は子供の頃には、自分が将来国王になる運命を担っていると思うはずはなかった。ところが国王エドワード八世が、アメリカ人で離婚歴を持つ女性を愛し、周囲の反対を押し切って結婚しようとしたため、国王になって一年もたたぬ一九三六年一二月に退位せざるを得なくなった。
 そこで弟のジョージが思いがけなく王位に就くことになる。映画『英国王のスピーチ』で最近広く知られるようになった通り、子供の頃から肉体的・精神的ハンディを背負っていたジョージ六世は、第二次世界大戦に巻き込まれ心労も大きかったろう、一九五二年に急死した。その長女エリザベスが二五歳の若さで女王になった。
 日本の皇室が政治に関与してはいけないことは誰もが知っている。戦後皇室改革でいろいろお手本にしたのが英国王室だったから、先生の英国王室もそうだろうと思いたくなるが、大違いなのだ。英国王は英国と英連邦の政治に関する仕事をどっさり抱えて大忙し。エリザベスの肩にその重荷がいきなり降って来た。もちろん歴代の首相その他に助けられるのだが、女王とうまが合う首相もいれば、合い性の悪い首相もいる。エリザベスは義務と律儀に取り組まないと気が済まない性分なので、その心労もそれだけ大きい。
 その上私生活上のトラブルも多かった。夫フィリップの浮気・不倫。息子チャールズとダイアナ妃の悲劇はいまなお記憶に新しい。さらに国民の大多数はダイアナに同情的で、それだけ王室や政府に対して冷やかになる。不公平だが仕方ない。
 これ以上は詳しく述べないから、ぜひ本書を読んでほしい。著者は日本の新聞社の特派員を長く務め、英国生活体験も豊富、二〇〇一年に日英文化交流に貢献したことで女王から勲章を頂いている。でも筆は極めて公平無私、女王だけの肩を持っているわけではない。王室に関しては英国人記者でも取材は難しい。だから資料集めの苦労は大変だったろうと思う。巻末の参考資料リストの量と幅広さに脱帽する。読みやすい本だが、内容の深さと確かさは抜群と保証できる。

 (こいけ・しげる 東京都立大学名誉教授・英文学者)

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