書評・エッセイ

2013年11月号掲載

黒いユーモアの向こうに

――海堂尊『ガンコロリン』

吉野仁

対象書籍名:『ガンコロリン』
対象著者:海堂尊
対象書籍ISBN:978-4-10-133314-4

 なんとも人を喰ったタイトルの作品集だ。収録されている五つの短編は、いずれも医療を題材にしたもので、作者ならではの強烈な虚構がほどこされた小説ばかりである。
 本書の冒頭に収められた「健康増進モデル事業」は、陰湿な上司に連日いびられているサラリーマン・木佐誠一が、あるとき厚生労働省医療健康推進室からの指名を受け、日本一の健康優良児を目指すことになる、という話。
 SF小説のなかには、未来のディストピア社会を描き、無作為に選ばれた市民へ死亡通告がなされるという作品がある。いわば国家による間引きだ。本作はちょうどその正反対の物語といえよう。国民を健康体にするためのモデルとして主人公は選ばれた。とはいえ、本作では、つねに健康を維持するため、「国家権力の手先」までもが活用されていくあたり、海堂尊ならではの黒い笑いがエスカレートしていく。
 表題作の「ガンコロリン」は、極北大学の倉田教授が発見した、飲むだけで癌を抑制する夢の特効薬「ガンコロリン」をめぐる珍妙でドタバタな顛末が語られていく。
 この倉田教授、天才ながらも独特の性癖をもった人物で、人前に出ると、失語症的な譫妄〈せんもう)状態になるあまり他人にはわけのわからない言葉を発してしまう。最初にこのノーベル賞級の発見をしたとき、その薬に対してコンニャク大魔神だのおむすびころりんだのと口走った。だが、助教である吉田の冷静かつ的確なアドバイスにより、「ガンコロリン」という命名に落ち着いたのだ。癌がころりんと退治される。
 とまぁ、例によって海堂ワールドならではの奇人変人の登場はもちろんのこと、薬品会社や厚生労働省などの狂騒ぶりも含め、ユーモア全開だ。だが、こうした強烈なギャグやドタバタの向こうに、現代医学の諸問題から、「いったい健康とは何か」、「(病気を克服し)人が幸せに生きるとはどういうことなのか」という大きな問いかけに至るまで、さまざまなテーマを内包している。最後のページまで読めば、この意見にも納得していただけるだろう。
 きわめつきは最後に収録の「ランクA病院の愉悦」。医療制度の徹底的な合理化により、ABCとランク付けされた病院の恐るべき実態を暴いていく、というストーリー。しかも主人公の終田千粒〈ついたせんりゅう)はツイッター川柳を得意とする売れない作家だ。これまた、おふざけとへらず口の絶えない語りで強烈な個性を発揮していく人物なのである。その終田が『週刊来世』の企画でランクAとランクCの病院に潜入取材をすることになったのだ。
 もしかすると、小説の形を借りながら、これは現在進行中の日本医療の姿を生々しく描いているのかもしれない。
 さらに本書には、南アフリカの架空の国を舞台にした「緑剥樹〈りょくはくじゅ)の下で」や大震災における救命救急センターの活動を描いた「被災地の空へ」など、きわめてシリアスな短編も収録されている。ひとくちに医療の現場といっても、大都会にそびえ立つ近代的な大学病院の病棟のなかだけではないのだ。
 あいかわらず医療をめぐる題材を次々にくりだし、医師や看護師、患者のみならず、病院経営者や厚生労働省といった連中にいたるまで作品に取りあげ、奇想天外な設定のもとで現代医療の問題を強烈に風刺し、混乱や矛盾を笑いのめしたかと思えば、さらにその先の未来へと目を向ける作者の筆鋒は冴えるばかり。ホラーとさえ感じてしまうほどである。
 それにしても、この先、海堂尊は、どこへ行くのだろうか。作者は『チーム・バチスタの栄光』でデビューして以来、その田口・白鳥シリーズのほか、個性的な主人公が活躍するシリーズ作品を多数発表してきた。しかも、それぞれの物語がつながったり、人物やエピソードが交差したりしていたのだ。海堂尊ファンならば、本書の短編でも、お馴染みの人物が登場していることにお気づきだと思う。だが近年、それぞれのシリーズがみな完結しているかに見える。新たな境地を目指しているのか。まさか本気で『どす黒い巨塔』を執筆し、大ベストセラーを狙っているのではないだろうな。

 (よしの・じん 書評家)

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