書評

2013年12月号掲載

ギアを上げて疾走する痛快アクション

――神永学『クロノス 天命探偵 Next Gear』

三浦天紗子

対象書籍名:『クロノス 天命探偵 Next Gear』
対象著者:神永学
対象書籍ISBN:978-4-10-133675-6

 殺人を予見することができる令嬢・中西志乃。彼女が夢で見た“誰かが死する運命”を回避させようと奮闘するのは、持ち前の正義感と無鉄砲さで突っ走る探偵・真田省吾、元敏腕刑事で真田の父親代わりでもある山縣、彼らの同僚であるセクシー探偵・公香、元警視庁SATで狙撃の達人・鳥居ら、個性派揃いの面々。ときには回避不可能に思えるいくつもの壮大な事件を、鉄壁のチームワークで解決してきたのが、神永学の「天命探偵シリーズ」だ。
 こう書いてくると、評者である私が慧眼で、シリーズ開始時から目ざとく追ってきたように見えるだろう。が、実はまず第五作の『クロノス 天命探偵 Next Gear』を読み、痛快アクションムービーさながらの興奮を覚えて、慌てて一作めから読んでみたという体たらくである。
 シリーズものは巻が進んでしまえばしまうほど何となく手を出しにくくなるものだが、本シリーズにおいてそれは杞憂。一度手に取れば、それがこの五作めであろうと遡って読んでみたくなるし、手にした一冊だけでも十分楽しめるエンタテインメント作品であると、お詫びして大書しておく。
 今回も物語は、殺人シーンから幕を開ける。高級ホテルのスイートルーム。何発も銃弾を撃ち込まれた男のバスローブが赤く染まっていく。だがそのビジョンを真っ先に目にしたのは、志乃ではなく、東雲塔子という研究者だった。いや、正確には塔子は、志乃の夢を可視化したテクノロジー「クロノスシステム」――志乃がいましがた見た夢を、映画のワンシーンのように映像化したモニター――で見ているのだが。
 前作で志乃が頭を撃たれ、昏睡状態に陥ってからほぼ一年後が本作の舞台だ。精密検査の結果でも脳に大きなダメージはなかったのに、志乃は卵型の生命維持装置コクーンの中で眠り続けている。殺人を予見する悪夢を見続けながら……。
 志乃を生かしておく高額な医療費をまかなうため、真田たちが所属する「ファミリー調査サービス」は、警察庁と特別な業務契約を結び、警察庁の外部組織「警察庁警備局公安課次世代犯罪情報室」となった。真田たちの使命は、その夢で起きた殺人を現実の中で阻止すること。だが、クロノスシステムで映し出されるのはごく短い映像のみ。位置情報も文字情報もない限られた映像から微細な情報を解析し、事件現場や事件の背景を割り出さなくてはならない。
 事件が起きる場所の情報はもらったのに、最初の殺人は、阻止できなかった。気落ちしている真田たちの前に現れたのが、黒野武人だった。年の頃は真田と同じくらいで、病的なほどに肌が白く、中性的な顔立ち。とにかく頭が切れて、博学で、神業的な洞察力や分析力を発揮する。
 ホテルのスイートルームの事件では、夢で男は胸に銃弾を浴びていたのに、実際は額を撃ち抜かれて死んだ。夢と現実の間にわずかなズレができたのはなぜか。その事件に続いて、志乃は爆破テロとプロによる斬殺事件、同時に二つの予知夢を見てしまう。それらの事件の狙いは何で、関連はあるのか。黒野の働きによって、予知夢とさまざまな事件の結びつきや、その裏に潜むものが手探りながらも見えてくる。彼が真田たちの組織に加わったことで、ストーリーはさらに一段ギアを上げたかのような疾走感で進んでいくのだ。
 黒野はまた、相当な毒舌家でもある。真田は口ではまるで勝ち目がなく、減らず口の公香さえ口をつぐんでしまうほど。みな彼の有能さに一目置きながら、人を見下すような言動に、最初は相容れないものも感じることになる。
 それにしても、彼はなぜこのチームに組み入れられることになったのか。これほどの能力を、いつどうやって身につけたのか。黒野の過去と、一連の事件との思いがけないつながりとが、巨悪の正体と並行してわかってくる。だが、その過去がまた何とも重いのだ。真田も山縣も志乃も公香もつらい過去を背負っているとはいえ、黒野のケースといったらもう……。ラスト近くで、真田との思いがけない絆が読者だけに示されるのだが、「黒野、ここに来られてよかったね」と直接肩でも叩いてあげたい気持ちになってしまった。
 魅力的な探偵小説では、頭脳派ホームズと行動派ワトソンのような名コンビがいるのがお約束だが、真田と黒野はまさにそれ。役割こそ逆だが、黒野の登場で、バディ小説としての面白さも加味されてきた。熱中必至の第五作をご堪能あれ。

 (みうら・あさこ ライター、ブックカウンセラー)

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