書評・エッセイ

2013年12月号掲載

第二十五回日本ファンタジーノベル大賞優秀賞受賞作

史上初、王道ファンタジーの受賞作

――冴崎伸『忘れ村のイェンと深海の犬』

大森望

対象書籍名:『忘れ村のイェンと深海の犬』
対象著者:冴崎伸
対象書籍ISBN:978-4-10-334931-0

“ファンタジー”と聞いて、たいていの人がぱっと思い浮かべるのは、『指輪物語』とか『ゲド戦記』とか、中世ヨーロッパ風の異世界を舞台にしたハイ・ファンタジーじゃないでしょうか。ところが、一九八九年にスタートした日本ファンタジーノベル大賞は、そういう直球ど真ん中の王道ファンタジーを受賞作に選んだためしがない。世間の定型的なイメージにあえて背を向けて、ファンタジーの定義を拡張するような作品や、日本的ファンタジーの可能性を追求するような作品を積極的に選んできたわけですね。
 その日本ファンタジーノベル大賞が、二十五回目にしてはじめて送り出した直球勝負のハイ・ファンタジーが、今年の優秀賞に輝く冴崎伸のデビュー作、『忘れ村のイェンと深海の犬』(応募時タイトル『きのこ村の女英雄』)。この賞にとっては、ちょっとした“事件”といっていいかもしれない。
 小説の舞台は、〈族〉と呼ばれる、人知を超えたとてつもない巨大生物(一種の怪獣)が跋扈する中世風の異世界。物語は、漁業と海運業で栄える海洋国家ガロキンの辺境に位置する北方のホロー村で幕を開ける。そこは、人口千人にも満たない貧しい小村。土地は痩せ、切り立った山がすぐそばに迫り、日照時間は極端に短い。おまけに、“ガロキンの檻”と呼ばれる(万里の長城のような)長大な防壁一枚を隔てて、その向こうには魔獣や魍魎の棲む深い森(墓森)が広がる。
 ヒロインのイェンは、(唯一の特産品が茸なので)“茸村”の異名を持つこの村で生まれ育ったおてんば娘。小説は、後世、“女英雄イェン”とか“ホロー村の女傑”と呼ばれるようになる彼女が歴史に刻んだ第一歩について綴る架空の史書という体裁をとる(酒見賢一『後宮小説』風)。
 ガロキン暦一三三五年の初春、十三歳のイェン・サクリは村の西にある入り江で、瀕死の状態にある奇妙な生き物を拾う。それは、全身が白い毛に覆われ、短い六本の足と太い尻尾を持つ、見たこともない動物だった。濡れてずっしり重い体を抱いて家に連れ帰ったイェンは、必死に看病し、命を救う。元気になった生き物は彼女になつき、シェールと名づけられる。
 だが、イェンの母は、もし親が探しにきたら危険だから、すぐに捨ててきなさいと命じ、物知りのモッサ爺は、もしかしたらシェールが〈族〉の子供かもしれないという可能性を指摘する。その指示にしたがい、イェンはしぶしぶ、ガロキンの檻の向こうへシェールを捨てにいくが、シェールはそのたび、イェンの家にもどってきてしまう。ふだんは白い犬のように愛らしいのに、身に危険が迫ると、たちまち怪物的な姿に変身するシェール。もしやほんとうに〈族〉なのか? そして、村に災いが及ぶことを恐れ、サクリ家を激しく迫害する村人たち。
 孤立したイェンは、力を貸してくれる人を求め、首都ウンディスに向かって旅立つ……。
 というわけで、そこから先はガロキンの国をも巻き込む大騒動に発展し、クライマックスは怪獣映画もかくやの一大スペクタクルが展開する。王道の異世界ファンタジー設定に、怪獣ものの黄金パターンをドッキングさせたのが面白い。
 舞台の異世界に関しては、周辺の地理や歴史、文化的背景から言語、距離の単位に至るまで緻密に設定され、読み進むうち、しだいにくっきりと風景が立ち上がってくる。
 ヒロイン小説としても、おてんば娘だったイェンがさまざまな苦難を通じてしだいに成長してゆく過程と、シェールとの心の交流が瑞々しいタッチで描かれ、読者を飽きさせない。
 人物造型に関していえば、イェンを助けるヒーロー(ハイタカという名前は『ゲド戦記』へのオマージュか)がやたらかっこよすぎるとか、王子様がいかにも王子様っぽいとか、類型に頼りすぎるきらいはある。小説の前半と後半が分裂気味だったり、シェールの意外な正体にまつわる謎解きがいささか性急すぎたり、プロット的にもまだまだ荒削りな面が目立つ。とはいえ、新人の作品としては水準以上。なにより、イェンとシェールの魅力が欠点を補って余りあり、物語をぐいぐいひっぱってゆく。
 著者の冴崎伸は、一九七八年生まれ。二十七歳のとき心臓病を患い、その病床で小説を書きはじめたという。以来、八年にわたる努力がようやく実り、本書で作家デビューを果たした。女英雄イェンの物語にはまだまだ続きがありそうなので、今後の活躍が楽しみだ。

 (おおもり・のぞみ 書評家)

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