書評
2013年12月号掲載
時代小説の新たなる旗手
――野口卓『闇の黒猫 北町奉行所朽木組』(新潮文庫)
対象書籍名:『闇の黒猫 北町奉行所朽木組』(新潮文庫)
対象著者:野口卓
対象書籍ISBN:978-4-10-125661-0
活況を呈している感のある文庫書き下ろし時代小説。次々と新たな書き手も加わり、続々と新たな作品が店頭に溢れている。溢れるという表現が適切かどうかわからないが、次々と出版される作品が、店頭において流れるように消費されてゆく。その流れに流されず、店頭に留まり続け、後世に読み継がれる作品は、意外なほど少ないのかもしれないという寂しさを感じている。
そんな中、時代小説界に、野口卓という新たな旗手が現れた。南国の園瀬藩という架空の藩を舞台とし、隠居剣士・岩倉源太夫を主人公とした連作短編集『軍鶏侍(しゃもざむらい)』を読み終えた時の衝撃を今でも覚えている。人づき合いが苦手な源太夫。人間関係の煩わしさから、優れた剣の腕を持ちながら四十歳を目前に隠居し、軍鶏の飼育と釣りで余生を過ごすことに決めて日々暮らしていたが、図らずも藩の政争に巻き込まれてゆく。根底に流れる人の情。武士としてこだわり続けた誇りと面目。つまらぬ見栄に命をかける武芸者の悲哀を感じさせる端正な独特の語り口には、正統派を継承するのだという著者の強い信念がにじみ出ている。
『軍鶏侍』には、もう一つの魅力がある。なんといっても生き物の描写の素晴らしさだ。野口卓は、その生物達に仮託しながら、人間の心の襞の深さを浮き立てて語りたかったのだろう。軍鶏の闘いや巨大な鯉(こい)との格闘の場面など丁寧な描写がもたらす臨場感は、抜群のリアリティと余韻を感じさせてくれる。
『軍鶏侍』は、シリーズ化され現在四作目まで刊行されている。デビュー作を含むこのシリーズは、間違いなく後世に読み継いで欲しい作品である。
さて、話題を『闇の黒猫 北町奉行所朽木組』に移したい。『軍鶏侍』で見せた王道の剣豪小説に対するこだわりを、今後も続けるのかと思っていた野口卓が次に選んだのは、なんと心躍る連作捕物帳だった。北町奉行所定町(じょうまち)廻り同心、「口きかん」こと朽木勘三郎率いる朽木組が、市中に潜む謎に立ち向かうのだ。朽木組の人物造形がじつに魅力的だ。岡っ引の伸六、その手下の安吉や弥太、見習いの和助や喜一と個性的なメンバーで構成されている。
朽木組が追い求めているのは、暗闇に潜む黒猫のように、姿を見せず、盗みに入られても数日後に気がつくような仕事をする賊「闇の黒猫」。「闇の黒猫」は、二十年前、勘三郎の父定九郎も追っていた賊なのだ。収録されている「冷や汗」「消えた花婿」「闇の黒猫」、いずれの物語にも黒猫の影が見え隠れする。果たして朽木組は、「闇の黒猫」に辿り着けるのか。
各章の読みどころを詳しく書くと、朽木組と共に謎を解く楽しみを減らしてしまうので、ここではもう一つのテーマに触れたい。朽木組の面々の活躍はもちろんなのだが、ぜひ勘三郎と息子・葉之助の親子関係に注目していただきたい。家族関係が希薄になりつつある現代において、勘三郎の息子への接し方に、子育てのヒントが詰まっている。
「子供というものは、必ずしも一定の角度で直線的に成長するのではないらしい。不揃いな高さや幅の石段を乗り越えて行くように、ぎくしゃくと揺れ、ときには後退し、道草を喰いながらも、大きくなるものなのだ」
「子供は得た知識を人に話すことで、それを確実に自分のものにしてゆく。また考えを整理し、まとめることができる。周りの大人はあれこれ口を挟まずに、黙って聞いてやるのが一番いい」
作中、このように勘三郎の子育てに対する想いが書かれている個所が随所に見られる。人を育てるということにおいて、大切なものは、時代を超え受け継がれていくべきなのだろう。
野口卓の初の捕物帳は、まだ始まったばかり。朽木組の活躍と葉之助の成長をずっと見続けたい。
(たぐち・みきと 書店員)