インタビュー

2014年1月号掲載

最新第八巻刊行記念インタビュー

まだ間に合う満州国演義! 敷島四兄弟が見た満州

『南冥の雫 満州国演義8』 船戸与一

船戸与一

建国からその終焉までをかつてないスケールと精度で描き、中毒読者を続出させてきた「満州国演義」。最新刊『南冥の雫』ではミッドウェーでの大敗からインパール作戦へと迷走する大日本帝国が描かれる。いよいよ完結まであと一冊を残すのみとなった大人気シリーズの魅力に迫る(全九巻完結予定)。

対象書籍名:『南冥の雫 満州国演義8』
対象著者:船戸与一
対象書籍ISBN:978-4-10-134327-3

――物語は、戊辰戦争で長州兵として軍功を立てた祖父を持つ、敷島家の四兄弟の視点で語られます。最新刊では、物語が始まった昭和三年から十四年後の四兄弟が描かれ、外務官僚の長男・太郎は四十四歳。理想の国家を作る夢をとうに忘れ、自堕落な日々を送っています。

船戸 日系官吏は、石原莞爾に「法匪」と非難されていた。何もしないのに給料だけは高いと。しかし、彼らは関東軍の意のままに操られるだけで、考えても意味のない形式的な立場におかれていたのだから、無気力になるのも仕方がない。

――憲兵隊の花形だった三男の三郎も三十七歳に。命がけで追っていた馬占山が討たれてからは、粛々と仕事だけをこなしているように見えます。

船戸 満州国の建国直後は、三郎は反日ゲリラと戦ったり、支那事変に巻き込まれたりしていたが、この頃の満州には戦闘がない。ドイツと協力してソ連の進攻に備えるという事態を想定していたが、参謀本部は南進論を取ったからね。この次の第九巻では、東条英機暗殺計画を三郎の視点から触れたいから、満州には居続けてもらう。一九四四年末には「根こそぎ動員」が実施されて、軍人に限らずほとんどの男が徴兵されて南方に送られる。そして女子供だけになったところへ、ソ連軍が雪崩れ込んでくる。次巻では、そういった状況も書かなくてはならない。まあ、太郎のような高級官僚は、一番先に列車で満州を後にするのだけど。

――早稲田の学生だった四郎は、過去の罪からようやく逃れて、満映の脚本家になりましたが、想像していた仕事と現実のギャップに打ちのめされています。

船戸 結局、この頃の満映は映画が作れなくなって、仕事がなくなるんだよ。だから、四郎にはまた別の組織に入ってもらうことになる(笑)。アメリカの動きとか、外交官の太郎でも入手できないような、もっと機密性の高い情報を語らせたい。三国同盟を結んだ日本とドイツとイタリアは、その当時、国家としての有り様が非常に似通っていたことに、小説を書いていて気づいた。統一国家を気取りながら、実はいくつかの小国をまとめたばかりの「遅れてきた」国家。植民地にできそうなところはすでに取られているから、他所の持ち物を奪うしかない。それを正当化するためにナショナリズムを利用してその果実……豊かさと繁栄を手に入れたんだ。満映が掲げていた「五族協和」という理想が方便に過ぎないことを、当時の人々はみんな知っていた。

――そして、兄弟の中で最も愛国心とは縁のなかった大陸浪人の次郎が、金銭のためとはいえ、南方作戦の最前線で過酷な戦場に赴きます。

船戸 次郎以外の兄弟は、みんな今で言うところのサラリーマン。言われた仕事をこなしていれば喰って行けるが、次郎は自分から動いて金銭を稼いでいかなくてはならない。常に戦場に身を置いている次郎を書いていて面白いのは、第一次大戦から太平洋戦争までの間に、戦争の形態がどんどん変わっていくこと。戦闘から牧歌性が失われていく。よく日露戦争が最後の紳士の戦争であったといわれるが、その頃は戦闘が行なわれている横で農民が畑を耕したりしていた。一番大きな変化は、海戦だ。昔は帆が主たる動力で、風まかせの部分があったが、それがエンジンで制御できるようになった。それと会戦。師団同士の戦いが、長くて一日、早いときは三時間で決着していたのが、奉天会戦なんて一ヵ月以上も戦っている。総力戦方式の戦争に変わっていくんだ。そして太平洋戦争では、制空権が戦局を大きく左右するようになる。

――戦況が悪化するに従って、首相は精神論だけを振り回し、大本営は事実を隠蔽し、司令官たちは派閥争いに夢中で戦況を見ない……作品で描かれる満州や日本の様子は、現在の日本に重なっているように感じます。

船戸 後世から見て今の時代がどのように評価されるか分らないから何とも言えないが、当時に似ているのは、日本というよりも、むしろ今の中国であるように感じる。急に防空識別圏などと言い出したり、どうも習近平を見ていると、彼は軍部を掌握できていないのではないかと思う。統一が取れていない。中国共産党が恐れているのは、三国志にあるように「統一が長ければ分裂、分裂が長ければ統一」という因習。軍部に対する習近平の影響力が弱ければ、そこから分裂が始まる。軍は新陳代謝したがるものだ。つまり、人員整理と兵器の近代化。それに一番効果的なのは戦争だから、軍が東シナ海や南シナ海に出たくなるのは当然だ。そうすると、中国はアメリカと太平洋で覇権を争うことになる。この状況は、満州事変前夜の大日本帝国にそっくりだと思う。これだけ経済的に関係が深ければ、アメリカと中国が戦争になることはないが、日本を含めた周辺国がちょっかいを出される可能性は十分にある。

――ますます「満州国演義」から目が離せません。最終巻の執筆に向けて、抱負をお聞かせください。

船戸 第九巻のタイトルは「残夢の骸(むくろ)」。東条英機暗殺計画が実現に向けて進んでいた。そこから始める。極限状態にこそ人間の本質が現れる、というのが、この「満州国演義」の命題のひとつ。そういう意味では、次巻では最も厳しい状況に敷島四兄弟は置かれることになる。これまで死神のように敷島家に付きまとってきた奉天特務機関・間垣の素性も明らかにする予定だ。

最新のインタビュー

ページの先頭へ