書評
2014年1月号掲載
やるせない気持ちのやりどころ
――群ようこ『おとこのるつぼ』
対象書籍名:『おとこのるつぼ』
対象著者:群ようこ
対象書籍ISBN:978-4-10-367412-2
娘がまだ小学校に入って間もない頃、いつになく帰りが遅いので心配していたら「ただいま……」と元気なく帰って来た。どうしたの?と声をかけると、ハーというため息とともにランドセルをおろしながら「どうして男子ってくだらないんだろう……」と嘆いている。あまりにくだらなすぎて、私に伝えるのもはばかられるというのを無理矢理聞き出すと、事の次第はこうだった。
休み時間にクラスの男子数人が黒板にウ○コとか、チ○コなどと書いたことが問題となって帰りの会でみんなで話し合ったのだという。昨日からお友だちのゆりちゃんと遊ぶ約束をしていた娘はそんなことが理由で、楽しみにしていた約束がおじゃんになってしまったことが悔しくてしょうがないという様子だった。
その数日後、仕事で一緒になった年下(30代前半)のライターの友だちが「聞いてくださいよっ」とプンプンしている。なにかと思って話を聞くと事の次第はこうだった。雑誌の大きな特集をライターの女子5人で分担することになった。担当者は20代後半の男子。怒濤の取材&原稿書きの日々を終え、晴れてその雑誌の発売日を迎えた記念に、全員を食事に連れて行ってくれるという。ワインで乾杯、おいしいイタリア料理を食べ進めるうちに、担当者の彼が「会社から出る予算をオーバーしてしまったのであとは割り勘にしますね」とのこと。みんな一瞬「え?」と思ったものの、彼に払ってもらうのもな、という仏心もその時はあった。
「でもね、まさこさん。一人頭の金額を聞いたら1000円なんです。彼が全部かぶったとしても5000円。5000円ですよ! あの会社、お給料いいはずなのに。しかも細かいお金を持っていなかった私に対して、今度、打ち合わせに会社に来た時に払ってくださいねとその日の夜、念のためのメールまでよこしたんですー! この男気のなさ! どう思いますかっ」キーッ、とたいそうおかんむりだった。
少し方向は違うが、その時、私も男の人のことでひとりもやもやと問題を抱えていた。それは還暦前後の男性が3人集まり「おやじ倶楽部」と称して飲んだり食べたりする集いのことである。私の経験によれば、おじさんたちはある沸点を超えると「もうどうにでもなれ」とふっきれる。人にどう思われるか気にするよりも、人生、楽しんだ方が勝ち! とばかりに、くだらないことを言ってはしゃぎだし暴走。しまいにはだれの手にもおえなくなる。おやじ倶楽部はそんなおじさん×3。3人だから3倍というわけではなく、5倍にも6倍にもそのくだらなさがパワーアップする。こちらが呆れれば呆れるほど、ものすごくうれしそうにし、さらにくだらなさは加速していく。それぞれお世話になった方ばかりなので誘われればつきあっていたのだけれど(そして世の中的にはおしゃれで素敵なおじさまとして、みんなの憧れの存在になっているところがますます癪に障る)、会合があった日は「どうして男ってくだらないんだろう……」とため息まじりに帰るのが常だった。
以来、街ですてきなジェントルマンを見かけても「質のよいツィードのジャケットの下はゴムの伸びたハラマキをしているに違いない」。純朴そうな青年を見ては、「覇気のないヤツ」などと、男性に対して悪い方へ悪い方へ解釈するクセがつくようになってしまった。
そんなこんなで私は男性に対して「やりすごすのが一番。気にしないのが一番。」という処世術を身につけた。「なんだかなぁ」という思いは「男だからしょうがないのだ」と自分に言い聞かせることにしたのだ。
そこにきて群さんの『おとこのるつぼ』である。
ああ、そうか。怒っていいんだ。あきらめなくていいんだ。無理することはないんだ。男性に対して感じてきた私のやるせない気持ちのやりどころを、この本がしっかと受け止めてくれた。
そして不思議なことに本を読みながら散々悪態をついていたくせに、読み終えた後、なぜかすかっとさわやかな気持ちになり、「もう〜しょうがないなぁ♡」なんて男性に対して緩やかでやさしい気持ちになっている自分に気がついた。これからはいい距離を保ちながら男性と接していくことができそうな気がしている。
(いとう・まさこ スタイリスト)