書評

2014年3月号掲載

アングロ・サクソン指導者の政治的恋愛

ニコラス・ワプショット『レーガンとサッチャー 新自由主義のリーダーシップ』

中山俊宏

対象書籍名:『レーガンとサッチャー 新自由主義のリーダーシップ』
対象著者:ニコラス・ワプショット
対象書籍ISBN:978-4-10-603742-9

「特別な関係」といわれる米英関係。これは国と国との関係であると同時に、同じ言葉や文化を共有する人と人との関係でもある。
 そこにはアングロ・サクソン同士の間にしか成立しない特殊な信頼関係と、自分たちこそが文明の主流であるという優越感が見てとれる。さらに、これは世界的な覇権を達成した英国とそれを引き継いだ米国との関係でもあり、その根底には世界を正しい方向に導いていかなければならないという驕りにも近い自負心が横たわっている。
 この「特別な関係」をレーガン大統領とサッチャー首相に投射して二人の関係を描いたのが本書である。筆者のワプショットは、本書の表題を「政治的な結婚」とした理由を尋ねられて、この二人は陰と陽のように全く正反対の存在でありつつも、完全に同一であり、最良の夫婦のような関係を築いていたからだと答えている。そのことをワプショットは、原書刊行当時(2007年)に公開されたばかりの二人の首脳の間の手紙や電話の会話録を用いて、彼ら自身の言葉を使いながら浮かび上がらせていく。
 その関係はたまたま時を同じくして政権についた二人の首脳の関係をはるかに超えた深みと信頼によって支えられ、互いに厳しく国益を追求しつつも、優しさと思いやりのようなものさえ感じさせるものであった。本書を読んでいて、はたしてレーガンの夫人ナンシーとサッチャーの夫デニスが、二人の関係をどのように見ていたのだろうかという余計な心配さえしてしまうほど、二人は互いを必要としていた。
 レーガンとサッチャーは共に政治的アウトサイダーであり、恐竜のように身動きのとれなくなっていた福祉国家に対して、新自由主義を掲げて正面から戦いを挑んでいったイデオロギー的盟友でもあった。興味深いのは、二人の保守主義が共に、幼少期の生活体験、とりわけ父親の働きぶりと人生観に大きな影響を受けていることだ。
 しかし、このような二人でも激しい「夫婦喧嘩」をした。レーガンがゴルバチョフに対してレイキャビック会談で核廃絶を持ちかけたとき、サッチャーはレーガンの空想家ぶりに驚愕した。またフォークランド紛争で、レーガンが煮え切らない対応をしたことについてサッチャーは猛烈に抗議し、英国とアルゼンチンの間に入って仲裁しようとする米国の外交努力を無視した。このフォークランド紛争をめぐる米英のすれ違いについて論じた章は、いま尖閣諸島をめぐる問題を抱える日本の読者にとっても必読である。この章を読んでおけば、(想定しうる)米国からの混乱するメッセージにある程度備えておくことができるだろう。
 本書によって新しい歴史的事実が浮かび上がってくるということはないが、二人の首脳の間の雰囲気を浮かび上がらせるワプショットの筆致は絶妙である。あえていうならば、私自身は結婚物語というよりも恋愛物語という感じがした。

 (なかやま・としひろ 青山学院大学教授)

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