書評
2014年4月号掲載
脱・女子
――田中兆子『甘いお菓子は食べません』
対象書籍名:『甘いお菓子は食べません』
対象著者:田中兆子
対象書籍ISBN:978-4-10-335351-5
本書のタイトルを聞いてまず思ったことは「女子からの卒業」というふうな物語なのかなということだった。
私は中年と呼ばれる年齢になっても女子呼ばわりされる(あるいは自らを女子と呼ぶ)今の風潮があまり好きではなくて、早く「女子」に替わる他の呼称が流行らないものかと思っているのだが、意外に「女子ブーム」は長く続いている。
女子と呼ばれることを苦々しく思いながらも、私は少女趣味なインテリアの店で、甘いケーキなど食べながら女だけであれこれお喋りするのが非常に好きである。シックとは言えないこのことを、おばさんの女子会と呼ばれても致し方なしとも思ってはいて、私のようないい歳をして野暮な女が沢山いるからこの風潮がなかなか去らないのかもしれない。
さて、本書の第一話目のタイトルは「結婚について私たちが語ること、語らないこと」である。やはりこれは想像通り女子会的な物語らしいと思って読み進めたが、私は途中で何度も「女子」などというふわふわした単語ではとても表現できない、シビアで壮絶な出来事に戦慄することになった。
著者・田中兆子さんは第十回女による女のためのR‐18文学賞の大賞を受賞されている。受賞作「べしみ」は大変に印象深い作品だった。十年間、女性の性をテーマにした本賞の選考をさせて頂いて、性行為でなく性欲そのものに焦点を当てた作品を読んだのは初めてだった。哀しくも可笑しい四十代女性の性欲を描いた、大人向けの上質な作品だった。
その受賞作「べしみ」が収録されている本作は彼女のデビュー作となる。これは本当に想像を超えた傑作だった。繊細な表現、巧みな構成、胸に迫るストーリー展開でとても新人とは思えない静かな凄みのある作品集である。女子会的な物語だと予想したことが恥ずかしくなる程だった。
本書は六編の短編から成っている。登場人物が少しずつ重なっているので、同じ世界で隣り合って生きている人々の物語である。六人の主人公に共通していることは、四十代女性だということだ。四人の独身女性と二人の人妻が主人公である。その彼女達の欲と、自制心の話だ。
ある者は四十代にして生まれて初めて求婚され、ある者は夫からもう性交したくないとはっきり言い渡される。ある者は重度のアルコール依存症を克服しようと闘い、ある者は思いもよらずリストラされ、ある者は溢れだす性欲を持て余す。彼女達はぎりぎりに追い詰められ、人を傷つけずに自分の欲を叶える方法を探してはもがき苦しむ。その姿は時には滑稽であり、時には痛々しすぎて目を伏せたくもなる。苦しみばかり連れてくる欲であるならば、それを捨ててしまいたいと彼女達は望むのだが、自分の腕や足や心臓を捨てることができないように、生まれ持ってしまった欲をどうしても捨て去ることができない。
四十歳というのは不惑と言われるが、本当に厳しい現実を突きつけられるのは、実は若さの恩恵を失うこの年齢になってからだろう。
女の欲の話と聞いたら、男性だけでなく女性も読むことをためらうかもしれない。しかしこの本は、野放図な人間の欲が主題なわけではない。著者は「欲」ではなく「業」を書きたかったのではないだろうかと私は思った。
「業」とは何であるかということを私ごときがここで簡潔に書けるものではとうていない。「欲」も「業」も人間が運命として持って生まれてしまったものだけれど、傍若無人で際限のない「欲」の裏側にしっかりと貼りついた、自分だけが快楽を貪ることをよしとしない、人間の最後の品性が「業」なのではないか。この小説を読んで一番に思ったのはそのことだった。
作中の重度アルコール依存症の妻が、酒を飲まないために壮絶な努力をするシーンを読んで茫然としてしまった。なんという覚悟で著者は「甘い菓子をもう食べない」と言っているのだろうか。欲深さとそれを恥じる人間の業、その矛盾を受け入れて初めて女性は「女子」から脱することができるのかもしれない。
(やまもと・ふみお 作家)