書評・エッセイ

2014年4月号掲載

追い求めたさりげない日常

――北原亞以子『乗合船 慶次郎縁側日記』

西木正明

対象書籍名:『乗合船 慶次郎縁側日記』
対象著者:北原亞以子
対象書籍ISBN:978-4-10-141432-4

 北原亞以子さんが世を去ってすでに一年余り。今でもふと思うことがある。あなたはほんとうにいなくなってしまったんですか、と。彼女との関わりは出会いからしてどこか浮世離れしていて、北原さんの人柄丸出しのおかしさがあった。はじめてお目にかかったのは、前世紀末の一九九九年春、具体的にはゴールデンウイーク直前だった。
 連休直前の四月二十六日か二十七日の遅めの午後、筆者のもとに一本の電話がかかってきた。電話の主は前々から親しくしていただいている出版社の文芸部長さん。日頃快活な方なのに、ぼそぼそとした口ぶりでいきなりこう言われた。
「わたしは今、北原亞以子先生を囲む各社の編集者たちと宮城県白石市にいるんですが、無理を承知でお願いの電話をかけています」
「はあ、なんでしょう?」
「北原さんが、せっかく東北にきたんだから、今夜はぜひ、有名な乳頭温泉郷の鶴の湯に泊まりたい、とおっしゃっているんです。なんとかなりませんか?」
 現在もそうだが、当時の鶴の湯は、昔ながらの湯治場の雰囲気を満喫出来る秘湯として人気が沸騰し、日本一予約の取りにくい温泉であった。
「それは無理です」
 言下にそう言ってから、筆者は無理な理由をいっきに並べ立てた。曰く、白石から乳頭温泉郷までは、同じ東北地方にあると言っても直線距離で二百五十キロ以上離れている。加えてゴールデンウィーク直前だ。
 部長さんも憮然とした口調で、
「東北は広い。そう申し上げているんですけどね。北原さんは、その距離感が理解出来ないみたいです」
「まさか」
 苦笑しつつそう言いながら、筆者は反射的に、これはやるしかない、と思った。たまたま自らも選考の末席にいる秋田魁新報主催の文学賞の選考委員の一人が亡くなり、どなたか著名な作家、とりわけ時代小説に詳しい、可能なら女流がいいと、主催者から要請を受けていたのを思い出したからだ。
 結論を先に言うと、この無理難題がまかり通った。あろうことかゴールデンウィーク直前の無予約宿泊、しかもご一行十人余りの団体さんを、鶴の湯が受け入れてくれたのだ。この裏にはなによりも、当時人気が急上昇中の作家北原亞以子に対する、鶴の湯温泉社長の深い敬意と愛情があったと思う。
 以来東京の新橋生まれで、ちゃきちゃきの江戸っ子である北原さんと、東北の山村出身で極めつきのジャゴ(秋田弁で田舎のこと)者である筆者の、奇妙なおつきあいがはじまった。文学賞パーティの流れなどで酒席にお誘いすると、
「そんなところ、しばらくぶりよ」
 などと言いながら、楽しそうに同行して下さった。闘病中であることを知っている編集者たちが、驚きの表情を浮かべながらついてきてくれた。そんな中で筆者が、
「今から四十年近くも昔、わたしが平凡パンチという雑誌でヌードグラビアを担当していた時、プロのモデルではなく、たとえば作家など畑ちがいの女性をモデルにという企画が持ち上がり、北原さんも候補にあがっていたんですよ」
 などと水を向けると、彼女がすかさず、
「あら、どうして呼んでくれなかったの?」
「当時上司だった作家の後藤明生さんが、めずらしく怖い顔をして、北原亞以子だけは絶対にだめだと」
 若き日の北原さんは、小柄ながら実にコケティッシュで魅力的。筆者より一世代上の作家たちの中では、文字通りアイドル的な存在だった。
 そんな北原さんとのやりとりを思い出しながら、シリーズ最終巻となった本書を一読して、まず思った。よくぞここまで、ぶれずに淡々と書き続けられたものだ、と。
 どの一編も、鬼面人を驚かすような仕掛けも無ければ、派手な立ち回りもない。なのに、読みはじめたらとまらなくなり、けっきょく最後まで読まされてしまう。
 図抜けた筆力、舞台となる時代に対する該博な知識が、物語を支えていることはまちがいない。だが、それだけではないような気がする。このシリーズ最終巻には、その答えがそこかしこに埋め込まれている。
 ひときわ強く漂っているのが、父、ないし父性的な存在への渇望だ。そんなことを思うと、時折お目にかかった時の北原さんの、あの屈託のない笑顔の陰にあったものはなんだったのかと思ってしまう。あとしばらく元気でおられたら、そのあたりも聞いて見たかった。

 (にしき・まさあき 作家)

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