書評・エッセイ

2014年4月号掲載

よみがえる「対話篇」

――小林秀雄『学生との対話』

松井孝治

対象書籍名:『学生との対話』
対象著者:小林秀雄
対象書籍ISBN:978-4-10-100711-3

 道頓堀でのかのモーツァルトとの邂逅になぞらえる気など恐れ多くて毛頭ありませんが、小林秀雄と再会した私が、「脳味噌に手術を受けた様に驚き、感動で慄えた」(「モオツァルト」)という小林氏の体験を想起したことは紛う方なき事実です。二〇一二年のある日、何気なく茂木健一郎さんの、過去のブログを読んだのがそもそものきっかけでした。
 高校大学の頃、人並みに「無常という事」や「モオツァルト」など幾つかの作品を読みはしました。それは美しいけれど峻険な名山を遥かに見上げるような按配で、「ああ、小林秀雄を理解するには、ドストエフスキーやランボーを、西行や実朝を、本居宣長や『源氏物語』をよく読んで、ゴッホやセザンヌやルオーや鉄斎をよく観て、咀嚼し吸収してからでないとダメなんだろうな。そんな力や意志はおれにはないぞ」と思って、それきりになっていました。ところが、官僚を辞め、転じた政治家にも区切りを付けて、さて第三の人生、いかに生きるべきかという岐路に立った時、小林秀雄と再会してしまったのです。
 あの夜、一面識しかなかった茂木さんのブログを偶々(たまたま)開くと、講演録こそ生きた小林秀雄の魂であり、新たな録音テープの発見は新惑星の発見の如き意味を有すると、何とも熱っぽく記されていました。それに煽られる格好で早速CDを入手し、講演を耳にして、文字通り私は名人芸の語り口に魅了され、その内容に驚倒しました。この「新潮CD 小林秀雄講演」全八巻のうち、四巻を占めているのが学生相手の講義と質疑応答で、主として質疑応答を全長版オリジナル・テープから文字化したのがこのたび出る「学生との対話」です。
 なるほど小林秀雄は、準備も経験も乏しい者がいきなり登るにはいささか手強い山かもしれません。ですが、ここでの小林秀雄は、学生たちに向かって、諄々と、平明に、懇切丁寧に、時に厳しく、そして具体的に、人生や思索を縦横に語り、対話し、質問させていきます。この対話による実践教育が本書の読みどころ(文字からでも聞き手の興奮が伝わってくる)です。これは書き言葉としての小林秀雄作品と対をなすべき「対話篇」でありましょう。セーターとスニーカーの軽装で名山の二合目まで登り、見晴しのいい景色を眺めさせてもらったような心持になります。ここから小林秀雄の作品群へと向かっていけば、やがて頂上に少しは近づけるかもしれない。どこまで登れるかは読者次第だが、各々の実力に合わせて開かれている山であり、いろんな地点に汲めども尽きせぬ魅力がある。私はそう思い至って、「小林秀雄全作品」二十八巻の其処彼処を読んでいくようになりました。実際、小林秀雄という山に己れの人生の様々なテーマを投げかければ、いつだって必ず、きちんとした山びこが返ってきます。
 例えば「美を求める心」という作品では、「絵や音楽を、解るとか解らないとかいうのが、もう間違っている」と説かれています。花を黙って見ていれば、花は美しさを見せてくれる。それなのに、「ああ、菫(すみれ)の花か」と思った途端、花の形も色も見えなくなる。「諸君は心の中でお喋りをしたのです」。
 これは、心の中でお喋りをせずに、事物そのものをただ見ること、ただ聴くことがいかに難しいか、という指摘でもあります。この世の中の問題は〈ただ見る〉ことさえできれば、黒白の区別がつかず、答えなど出ないものの方が多いと解るはずなのに、今は行政も政治もマスコミも「正解」を性急に求めてしまう。「どうして諸君はそう急ぐんだい」という小林秀雄の声が聴こえてきます。同様に本書のさまざまなページからも、小林氏の声が、教えが、響いてくるのです。
 小林秀雄は講演や対談などの語り言葉を文字にする際は、速記に徹底して手を入れ、書き言葉として調えることを自らに課していました。今となっては、小林氏自身が朱を入れることはむろん不可能です。本来ならば、本書は刊行を許されなかったでしょう。
 小林秀雄最後の編集者、池田雅延(まさのぶ)氏は、小林秀雄の遺志を尊重し、頑ななまでに遵守してきた方です。ところが、私同様CDで小林秀雄に目ざめた後輩編集者から本書の構成案を見せられた時、氏はその遺志を重々承知の上で、「わかった、あの世で先生に叱られよう」と腹を括りました。そして、ご遺族に「孔子の弟子たちが師の肉声を纏めて『論語』を残したように、小林先生の〈対話教育〉〈質問教育〉を後世に伝えたいのです」と公刊を相談し、ご理解を得たそうです。編集者の覚悟とご遺族のご英断のおかげで、かくも豊かな「対話篇」、私たちが「小林秀雄全作品」の傍らに置いて、絶えず立ち還るべき道標たる名著が生まれたことに、私は、心から感謝し、敬意を表します。

 (まつい・こうじ 慶応義塾大学教授)

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