書評・エッセイ

2014年5月号掲載

『ライアー』刊行記念特集

心の中で龍を飼う

――大沢在昌『ライアー』

中江有里

対象書籍名:『ライアー』
対象著者:大沢在昌
対象書籍ISBN:978-4-10-333352-4

 音楽、芸術、あらゆる「才能」は、生まれつきの能力だ。
 自分の子どもがなんらかの「才能」に恵まれている、とわかると、たいていの親はその子にふさわしい環境、教育を与えその能力を伸ばそうとする。なぜなら特別な「才能」は、持ち主の子どもを幸福にする、と考えるからだろう。
 しかしその幸福は「平凡」「普通」の幸福とは全く違うものだ。
 人とは違う「才能」がもたらすものは、大きな重圧へとなりうる。たとえばオリンピック選手は、国中の期待を一身に背負い、メダルという結果を求められる。好きでやり始めたスポーツでも、それだけでは自身も周囲も許されなくなるだろう。代わりにメダリストになり輝かしい功績を手に入れるかもしれないが、スポーツを楽しむという幸福は失われる。
 そういう意味でも「才能」は持ち主をいわゆる「幸福」から遠ざける。
「わたしの才能がそういっている」
 本作の主人公の神村奈々(かみむらなな)は、ある「才能」を持っている。
 弟を虐待して死なせた母と恋人を殺めたとき、彼女は人殺しの「才能」を自覚した。圧倒的な「才能」が磨かれてきた背景の描写は決して多くない。あまりに理不尽な環境が彼女に行動を起こさせた、という方が正しいのだろう。
“殺さなければ殺される”頭で考えるよりも早く「才能」がそう叫んだのだ。
 やがて奈々は国家が秘密裡に設立した研究所で、国外で対象者を処理する任務についた。簡単に言うと、国にとって近い将来脅威になると思われる人物を、事故や病死に見せかけて殺す仕事。上司の大場(おおば)からの勧めで統計学を学び「人間の心理を、行動から逆算できる」ようになった彼女の「才能」は経験を重ねるごとに伸びていった。
 奈々は、統計学を彼女に教えた大学教授の神村洋祐(ようすけ)と結婚し、一人息子の智(さとし)をもうけた。
 子を守るために親は強くなるが、同時に子は弱みにもなる。
 人殺しはいつか殺される、と覚悟していた奈々にとって、智はアキレス腱だ。逆に言えば、それまでの彼女には弱みがなかった。それどころか自らの肉体にも執着しなかった。他人の心理はわかっても自分の心理には興味がない、殺しのプロに徹していた。
 奈々にとって智は生まれて初めて失いたくないと感じた存在であり、洋祐もまた智の父親として大切な存在。しかしその「才能」ゆえに許されない幸福がある、と思う。彼女は、智が生まれて以来「母親」と「殺しのプロ」二つの任務の板挟み状態にあった。
 夫と息子に本来の仕事を伏せ、嘘をつき続けてきた奈々は、洋祐の不審死をきっかけに、調査を始める。
 彼女の調査に巻き込まれるように行動を共にするようになった刑事の駒形は言う。
「あんたは、本当はそういう自分から逃げだしたい。でも逃げられないから、いっそプロ中のプロでいてやろうと腹をくくっているんじゃないか」
 この言葉にハッとした。「才能」とは自分の中に飼っている獰猛な龍のようなものではなかろうか。心の檻に閉じ込めた龍は、奈々の心に鋭く尖った爪を立てる。痛みを感じていては生きていけない。死ぬまで自分から流れ続ける血に気づいてはならないのだ。
 ある組織から命を狙われ、息子を守りながら、自らも生きようとする奈々。自分は望んで孤児になったが、息子をそうさせたくない。人殺しの「才能」ゆえに心の一部が欠落していると思い込んでいた奈々は、息子の存在で失った心を取り戻していく。
 息詰まるアクションの連続に、平穏な家庭生活が挟まれることで、ありふれた「幸福」のありがたさが沁みてくる。
 重ねられた嘘の中、奈々がたどり着いた真実は、特別な「才能」よりも彼女を強くするだろう。

 (なかえ・ゆり 女優・作家)

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