書評・エッセイ

2014年5月号掲載

『月光蝶』で絶好調、『黒翼鳥』でも活躍中

――月原渉『黒翼鳥 NCIS特別捜査官』

新保博久

対象書籍名:『黒翼鳥 NCIS特別捜査官』
対象著者:月原渉
対象書籍ISBN:978-4-10-333872-7

 かつて小林信彦は、「鮎川哲也はアリバイ破りばかりでつまらないという人があるが、それはキリンに向っておまえの首は長すぎていかんというような意見だと思う」(「深夜の饗宴」、扶桑社文庫『紳士同盟ふたたび』に付載)と述べて作家を弁護したものだ。ここで退けられたような鮎川批判の伝で行けば、「月原渉は密室ばかりでつまらない」と言われかねない。
 といっても月原作品は、年一作の丹念なペースで今のところ四長篇しかない。それでも四年前、鮎川哲也賞を受賞したデビュー作『太陽が死んだ夜』、同じ若い女性コンビが再び事件に巻き込まれる『世界が終わる灯』、NCIS特別捜査官シリーズ第一作『月光蝶』、そして今度のシリーズ第二作『黒翼鳥』と、すべてが密室殺人を扱っているのは事実だ。だからといって、日本のディクスン・カーなどと異名を捧げるのは早計だろう。二の腕に“密室いのち”と彫り込んでいる気負いは感じられない。むしろ、それぞれのミステリの肝は別にあり、構想しているうちに密室物にしたほうが効果的だと考え直したかのようだ。密室トリックそのもの以外の長所のほうが際立っている。
『世界が終わる灯』での走行する列車の客室内の首切り殺人など、およそ実現不能と思われる。さすがに、成功しなくても構わなかったと最後にフォローされているが、その準備に犯人は大変な手数を掛けており、それが出来た人物を真犯人と特定してゆく推理のほうに眼目があるようだ。論理の積み重ねによって容疑者を絞ってゆく、どちらかといえばカーよりエラリー・クイーンのほうに近い。
 この、名探偵が関係者一同を集めて真相を解明してゆく終盤も四作ながらに共通しており、密室以上に著者が固執しているのはこちらだろう。クラシックな探偵小説の様式美だが、しかし著者は古い革袋に新しい酒を盛ることを忘れていない。
 それが顕著になってきたのは、前作『月光蝶』(∀ガンダムとは関係ない)からだ。デビュー作はニュージーランドの全寮制の女子高の、外界から隔絶された教会堂という古典的な“雪の山荘”(山荘でなくともこう呼ぶ)で、建物内でも密室殺人が相次ぐ。第二作が前述したように列車という動く密室といったふうに設定を替えてきたのだが、『月光蝶』ではそうした定型的な舞台を脱して、横須賀にある米軍基地全体を密室に仕立てている。基地外で行なわれた最初の殺人では被害者が基地内で発見され、続いて基地内で殺された死者の遺骸が市街の民家に転がる。さらに、犯人はおろか被害者も厳戒の基地を出入りした形跡がない……
 そして最新作『黒翼鳥』に至っては、試験飛行中の米海兵隊輸送機MV22オスプレイ(垂直離着陸できるヘリコプターと、水平長距離飛行する性能を併せもつ)の機内でオブザーバーの自衛隊員が刺殺され、凶器も発見されない不可能犯罪が描かれる。十人の同乗者がいたが、特別製のシートベルトで座席に固定され、被害者の至近にいながら全員に鉄壁のアリバイがあるわけだ。
 この謎に挑むNCIS(米海軍犯罪捜査局)のヌーナン元中佐は、『月光蝶』には登場していなかった。前作ではNCISの若手捜査官コンビと、横須賀市役所基地対策課特別室の男女の捜査が交互に描かれていた。したがって前作を読まずに『黒翼鳥』から掛って不都合はないが、『月光蝶』で最終的に謎を解くのは誰かという、犯人探しならぬ探偵探しの答が先に分ってしまうのは我慢しなければならない。今回の密室にも、完全に独創的なトリックはない(そんなものはたぶんもう残っていない)が、凶器の消し方、被害者死亡前に聞えた鼻歌の謎といった小技が効いているし、従前の本格推理の骨格に、ヌーナンのキャラクターにより軍事冒険小説の味わいが加わって、物語性に厚みを増し、またまた代表作を更新した。

 (しんぽ・ひろひさ ミステリ評論家)

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