書評
2014年5月号掲載
あの白い不思議ないきもの誕生のひみつ
――冨原眞弓・芸術新潮編集部編『ムーミンを生んだ芸術家 トーヴェ・ヤンソン』
対象書籍名:『ムーミンを生んだ芸術家 トーヴェ・ヤンソン』
対象著者:冨原眞弓・芸術新潮編集部編
対象書籍ISBN:978-4-10-335651-6
国内外で老若男女を問わず大人気のムーミンですが、その出会いは世代によりそれぞれかもしれません。日本では60~70年代と90年代にアニメ化され、いずれも大変な人気を博しました。またポーランド製のパペットアニメも放映され、岸田今日子さんの吹き替えが日本でのムーミン物語のイメージを印象付けました。最近では食器から文具までさまざまな生活雑貨にその絵柄を見つけることができ、さらには車のCMに登場したり、大学のマスコットにまでなったりと、キャラクターとしての活躍の幅は広がるばかりです。
でもそもそもこの“ムーミン”というキャラクターは一体どのように誕生したのか、ご存知でしょうか。そしてこのムーミンを生み出したフィンランド生れの女性トーヴェ・ヤンソン(1914~2001)が、児童小説「ムーミン物語」シリーズにとどまらず、絵画、マンガ、小説、風刺画などと幅広いジャンルで活躍したマルチアーティストだったことはあまり知られていないかもしれません。
たとえば、ムーミン物語はフィンランドの作家の作品なのにスウェーデン語で書かれていたこと、また児童文学者と思われがちなヤンソンですが、本人は生涯「画家」と自任、油彩からフレスコ画までたくさんの絵画作品を遺していたことはご存知ですか? さらに新聞に漫画連載を持ったり、凝りに凝った絵本を製作したり、後年は児童小説を卒業、いわゆるおとな向けの小説の執筆に勤しんでいたり……とその創作世界の幅広さと作品のクオリティはムーミンだけに注目するにはおしいアーティストなのです。
本書はそんなトーヴェ・ヤンソンの生き方とアーティストとしてのさまざまな貌を、ヤンソン研究の第一人者である冨原眞弓さんが貴重な原画や資料とともにひもといてゆくトーヴェ・ヤンソン入門の決定版ともいえる一冊です。
なかでも目玉のひとつは冒頭に原寸サイズで掲載したムーミン物語の挿絵原画。新たに冨原さんに訳し下ろして頂いた「ムーミン物語」の引用とともに、掌サイズのその世界からヤンソンの筆遣いを感じて頂けるでしょう。他にも若い頃の挿画の仕事やスケッチ類、漫画の下絵、壁画などヤンソン作品集としても楽しんで頂ける内容となっています
また創作の原点ともいえるふたつの場所、亡くなるまでの50年以上を過ごしたヘルシンキのアトリエと毎夏を親友や家族と過ごしたフィンランド湾沖の孤島クルーヴ島(ハル)も写真とともにたっぷりとご紹介しています。
巻末にはムーミン物語に登場するほぼすべて、82匹(?)をまとめたキャラクター図鑑を付録としてつけました。そのユニークでかわいらしい造形もさることながら、多種多様なキャラクターの個性にも改めて驚かされます。皆欠点を抱えつつも、自分らしく生きている姿はトーヴェ・ヤンソンの人間に対する眼差しを思わずにはいられません。
今年はトーヴェ・ヤンソンの生誕100年にあたり、大きな展覧会が二つ開催され、ヤンソンの原画や作品がたくさん来日、その鑑賞のお供にも最適の一冊となっています。