書評

2014年5月号掲載

起業に必要なのは勇気ではなくこの本だ

――加藤崇『未来を切り拓くための5ステップ 起業を目指す君たちへ』

阿部哲子

対象書籍名:『未来を切り拓くための5ステップ 起業を目指す君たちへ』
対象著者:加藤崇
対象書籍ISBN:978-4-10-335611-0

 若くしてベンチャー企業の社長などを多く歴任し、経営コンサルタント会社も設立した著者は、よっぽどお金儲けが好きな人なのだろう、というのが私の本書を読む前のイメージだった。「ベンチャー」イコールお金、ヒルズ族、みたいなイメージに繋がるのは、私の頭が古いのだろうか。
 しかし、読後にその印象は激しく裏切られ、著者は相当なボランティア精神の持ち主だとわかった。自らの経験を惜しみなく晒し、事務的な面、精神的な面から起業に関するテクニックを披露している。大学で経営学を専攻した私だが、未だかつてこんなに詳しく起業のABCを説いた本を読んだことはない。と、偉そうに言ってみたが、単位を取るためだけにぼんやりと大学に通った私には、その類の本を読んだ経験自体が少ないのだが……。
 社会人になってからも、ビジネス本はほとんど読まない。読めない、が正しいか。本書も難しかったら途中でやめちゃおう、という軽い(軽すぎる)気分で手に取ったのだったが、まさかこんなに楽に読めるとは衝撃だった。さらに読後は、自分にも起業できるかもしれないという高揚感すらあった。
 私なりにまとめてみると、起業とはつまり、「現状に不満がある」もしくは「もっと○○になりたい」欲求をもつ個人あるいは会社に対してサービスを与え、お金を払ってもらえるアイディアやシステムを新しく生み出すことで、その基本になるのは、問題意識をもって世の中を観察(経験)すること。待てよ、と思う。
 意識的にしろ、無意識的にしろ、人は誰もが今よりも快適なものを求めながら生きているのではないか? もっと簡単に料理を作りたい、もっと綺麗に汚れを落としたい、もっと安く買い物がしたい、もっと掃除機の音を静かにしたい……などなど。家事に追われる私はあまりにも生活の匂いがする欲求ばかり思い付いてしまうが、要するにこのように誰もが起業のためのアイディアを簡単に思いつけるということだ。生活の中で細部に目を向けている主婦はとりわけ起業家に向いているのでは? その点に気付いてからは、グイグイと内容に引き込まれていったのである。
 ではなぜ起業家になりたいのか。著者は三つのパターンがあると言う。「オタク型」「生活型」「使命型」。
「オタク型」はある一つのものがあまりにも好きなタイプ、「生活型」は日々の生活費を稼ぐ、あるいは金持ちになりたいと強く願うタイプ、「使命型」は個人や社会のために、強い使命感に導かれてビジネスをスタートするタイプ。
 ふむふむ、しいて言うならば私は生活型だなぁ。と思う。既に起業する気満々。もう起業が他人事ではない段階だ。そんな私の背中を著者は再度押してくる。
 成功した起業家たちは必ず、過去の失敗から学び、挫折から素早く立ち直り、経験を次のチャンスに活かすという。その点では私も恋愛の失敗談なら数知れず。流した涙の池で恋ならぬ鯉が飼えるほどだが、その都度立ち上がり、歩いてきた。それらの失敗を活かせるチャンスがビジネスで訪れるかもしれないのだ! 完全に方向は間違っているが、明日にでも具体的なアイディア無きまま資金調達に走り出す勢いである。アイディアは後から考えてもいい、とも、資金調達の具体的な方法も書いてある。何から何まで詳しく載っている本だとここで改めて著者に感謝した。
 著者は、特に若者や学生にこの本を読んでほしいそうだが、いやいや、これは主婦にこそ読んでもらいたいぞと反論したい。「人と同じように」「なんとなく皆がやっているから」というつまらない目線で生きるのではなく、自由な目線から世界を見て生きることを子供に教えられるという点。お金とコネがなくても起業して成功した例が沢山載っているんだから、あなたでも大丈夫、と言える点。この二つのポイントからも、本書は何より素晴らしい育児書だと言えるだろう。
 また、夫に起業を促すことも出来る。たとえ、起業に到らなくとも、夫婦でビジネスのアイディアを探しながら街を見て散歩するとか、現状生活に足りないものを話し合うとか、そんな時間が持てるだけでも有意義ではないだろうか。
 もしかしたら、私が近い将来、アナウンサーではなく、莫大な資産を築く起業家になっているかもしれない。インタビュアーからインタビューされる立場になっているかもしれない。本書を読めばそれは決して夢ではない話なのである。手にした人から、起業家への扉が開かれるはずだ。大丈夫。こんな私でも楽しく読めたのだから。

 (あべ・あきこ フリーアナウンサー)

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