書評・エッセイ

2014年6月号掲載

金平娘の女子会

――辻井南青紀(なおき)『縁結び仕(つかまつ)り候(そうろう) 結婚奉行』

山内昌之

対象書籍名:『縁結び仕り候 結婚奉行』
対象著者:辻井南青紀
対象書籍ISBN:978-4-10-121206-7

 火附盗賊改といえば、池波正太郎の名作『鬼平犯科帳』でおなじみの江戸幕府の警察機構である。辻井南青紀氏の新作『縁結び仕り候 結婚奉行』は、火附盗賊改とそれを担った先手頭について、大胆な解釈と舞台設定を試みた小説である。
 江戸幕府の官僚制と役職についての古典的な労作といえば、松平太郎著『江戸時代制度の研究』(普及版、一九六六年、柏書房)であるが、そこには火附盗賊改について、次のような説明が加えられている。「火附盗賊改は市中を巡回して火災を予防し、盗賊を逮捕し、博徒の考察(ママ)を掌る」。
 火附盗賊改に先手頭が任じられたことは、辻井氏の小説で描かれる通りである。短編連作の主人公ともいうべき先手組の桜井新十郎も、戦時には足軽先鋒隊となり、平時には将軍御成りの護衛や治安維持の職務にあたる同心だったのだろう。ところが辻井氏は、この先手組と同心の役割を予想外の思いつきで見事に変えてしまう。このあたりが創作文学の凄いところである。それは、本役か加役か分からないにせよ、この火附盗賊改が幕臣たちの婚姻の世話や周旋の役目を仰せ付けられたというシチュエーションの設定なのだ。名付けて「結婚奉行」たる所以なのである。
 著者は、火附盗賊改こと火盗改の先手頭、加賀山豊国なる人物に新たな職務を「泰平の世にふさわしい、大切なお役目」と語らせる。幕政が停滞し風紀が乱れている折、幕臣の養子縁組や持参金の悪習を取り締まり、公儀の奉公人たる幕臣が金にまみれて堕落するのを防ぐ職務こそ、新たな時代の先手組に課せられたというのだ。火盗改以上に世のためになる役目であり、若年寄でなく老中首座松平定信直属の重要な役儀になる。もちろんフィクションであるから、作者は時代考証や武家官職の実にこだわらず大らかなのである。
 最初の作品、「消えた花婿」では桜井新十郎が加賀山の要領を得ない説明に疑問を呈する。「これより市中の罪人ではなく、幕臣の祝言を取り締まる」のかと尋ねたのは当然であろう。すると、先手頭は、「公儀を担う幕臣の家庭を築くのも大切なお役目ぞ」と説き、「取り計らう」ことこそ、「泰平の世にふさわしいお役目」だと言い聞かせるのである。この作品も、新十郎らが失踪した花婿になるべき人物を探索して居所を見つける。そして、嫁になるはずだった武家の娘のひたむきさを描く話なのだ。
 私がいちばん面白かったのは、「金平娘」である。「きんぴらむすめ」とは、金平浄瑠璃に登場する威勢のよい人物らにヒントを得たものだろう。人形浄瑠璃の金平とは、坂田金時の息子である。源頼光と四天王の子どもの世代の活劇を思わせる武家方と町方の娘たちの破天荒の所行に引っかけた名称なのだろう。彼女たちは嫁入り前に、大名戸田家の初姫を中心に「初姫会」なるよからぬ遊びの会をつくって乱行を繰り返す。このなかに新十郎が巻き込まれながらも、遊び好きの娘たちを真人間に戻すという筋書きである。
 おかしいのは、いまでも有名な女性タレントや女子アナウンサーが群がる男たちを手玉にとり、ママさんタレントらが女子会をつくって屯(たむろ)している世相を思い出したからだ。大名のおひい様が屋敷で歌舞伎を私(わたくし)に演じさせ、芝居と食事を込みで一両取り立てるというのは、私などには思いもつかないほどの設定で物凄い。この上がりの百両を初姫会の無礼講のクライマックスに投じる。薄化粧をほどこした若者を呼び込んで、コンテストよろしく気に入った男を伽(とぎ)か遊びの相手にするというあたりはいかにも当世風なのだ。待たされて不合格になっても、二分の金と弁当一つもらって帰れるというのだから義理堅いところもある。
 この娘たちが妻帯者の新十郎の筋骨隆々たる風情にまいってしまう。自分らの所行の愚かさに気付くプロットの中に、初姫が相対死(心中自殺)の意味を説くなど、予想外に鋭い感性と知性をもつ娘だったと知らされるあたりで読者は驚く仕掛けなのである。また、初姫に仕えた奥向女中のおたかが尾張の人間に輿入れすることで女性の幸せを掴むくだりを含めて、武家方の婚儀にまつわる幸福やトラブルに役目を変えた火盗改が活躍する。驚き連続の時代小説であるが、いまの世相をよく照らす現代諷刺小説としても楽しく読めるだろう。

 (やまうち・まさゆき 歴史学者・東京大学名誉教授)

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