インタビュー

2014年6月号掲載

『迷子の王様 君たちに明日はない5』刊行記念インタビュー

人生はリストラのくり返し

垣根涼介

「読むとやる気が出てくる」「仕事が好きになる」と評判の痛快お仕事小説「君たちに明日はない」シリーズ。誕生から十年が経ち、第五作『迷子の王様』でついに完結となります。

対象書籍名:『迷子の王様 君たちに明日はない5』
対象著者:垣根涼介
対象書籍ISBN:978-4-10-132977-2

――さまざまな企業から、リストラのアウトソーシングを専門に請負う“リストラ請負人”村上真介の活躍を描く「君たちに明日はない」シリーズ。物語誕生のきっかけ、完結に向けての想い、垣根さんご自身の仕事観を語っていただきました。

 この物語を考えはじめたのは、その当時、会社を舞台にした小説が、「バブルが弾けたけど、乗り越えた」「買収されそうになったけど、回避した」などといった企業の浮き沈みを描いたものばかりで、そこで働いている個人の仕事の意味が問われていない、と思ったのがきっかけです。自分だったら、会社の事情よりも、そこで働く人の仕事の意味が知りたいと思ったので。

 僕は、最初にリクルートという会社に就職したのですが、特別に何かやりたいことがあったわけではありませんでした。求人情報誌の制作をしていましたが、もっと自分に合った仕事がないかと、求人を出した会社を取材する過程でも思っていました(笑)。そのころの僕は、自分に何が出来て何が出来ないか、さっぱり分っていませんでした。しかし、そこでたくさんの職種を取材した経験が、このシリーズを書く役に立ったのかもしれません。

 

私たちの「君明日」名セリフ集1
「絶対に辞めませんから」――「怒り狂う女」(『君たちに明日はない』収録)退職を勧める人事部長に、ヒロイン・陽子が放つ一言です。記念すべき第一話。斬新な設定に驚き、感動したのを思い出します。(単行本担当・S)

 

 リストラする側の真介が、面接という形でリストラ対象者と一対一で向き合う――書き始めた当時は、人間が極限まで追い込まれ、改めて自分の立ち位置に覚醒する様を描きたいと思ってこの設定を採用しました。が、時間の経過と共にシリーズのテイストが変わってきたように思います。

 第一話の冒頭では、この面接を切った張ったの勝負の場として書いていましたが、第二作の『借金取りの王子』では、真介は面接に勝ち負けを持ち込まないようになってきました。さらに、第三作の『張り込み姫』になると、転職や異動を「リストラのために」ではなく、「リストラ対象者のために」勧めたりもしている。真介が、仕事の成果ではなく、自分の存在が他人に与える影響の方に関心を持つようになってきました。

 

私たちの「君明日」名セリフ集2
「私が彼を一生食べさせていくつもりです」――「借金取りの王子」(『借金取りの王子』収録)後にリストラ対象者となる心優しい夫を慮った妻の一言。男前な女性がたくさん登場するのもこの作品の魅力です。(連載担当・K)

 

 一方、世間でも、「リストラ=クビ」というような、単に恐怖と絶望の象徴であったものが、働く人にとっても企業側にとってもより良い次の段階を再構築するための過程、という本来的な意味で受け取って、前向きに進むしかない、というようなシビアな社会情勢になってきたことも大きいです。どこの会社でもリストラが当たり前に行なわれている今、そこに留まったまま、単に自己憐憫の海に浸かっているような余裕はない。

 

私たちの「君明日」名セリフ集3
「もう必要とされなくなった場所に居てはいけないんだよ」――「ノー・エクスキューズ」(『勝ち逃げの女王』収録)自分の父親世代の仕事観。団塊の美学にしびれました。(文庫担当・O)

 

 このシリーズのテーマはたった一つで、「あなたにとって、仕事する意味とは何ですか?」と問い続けること。これを職種を替え立場を替えて、いろんなパターンを提示しながら書いてきたのですが、こういう時代では、既存のシステムに答えを求めるのではなく、働く人自身が自らの働く意味を、ひたすらに掘り下げていくしかないのではないか……。

 僕自身が仕事について深く考えられるようになったのは、作家になってからです。そして今思うのは、やっぱり「カネ」のためだけに続けるのでは、仕事はツライ、ということ。この十年間で日本の経済はどんどん悪くなっているし、残念ながらこの先も明るいとは言えません。テレビや雑誌も「悲惨な実態」とか「将来は絶望的」とか大袈裟な見出しをつけて悲壮感を煽ろうとする。けれども、それは給料や昇進などの待遇や、仕事のイメージや見てくれが悪くなっているというだけで、仕事の楽しさとはまったく別の話だと思うんです。僕の友人の話ですが、ボランティア活動をしながら月収五万円で優雅に暮らしている奴がいます。彼が言うには、「今を楽しめない人は、将来も楽しめないよ」――本当にその通りだと思います。自分の興味が持てることを探して、それを仕事にする。仕事がよろこびであれば、納得ができるし耐えられる。そういう人間が増えたら、もっと楽しい世の中になるんじゃないかと思っています。この小説が、社会人の読者が自分の仕事について何かを考えるきっかけになってくれたら……そう期待しながら書いている部分もありましたね。

 

私たちの『君明日』名セリフ集4
「お答えしないほうがいいと思います」――「張り込み姫」(『張り込み姫』収録)被面接者に働く意味を問われた真介。答えを出さない誠実さが好きです。(文庫担当・M)

 

 このシリーズを書くことは、僕にとっても大きな救いでした。普段は愚かでダメ人間の僕ですが(笑)、この小説を書いている時は、仕事をする意味というものを真剣に考えさせられることが、多々ありました。一話書く度に自分の中に何事かの発見があり、それによって僕の仕事観や社会観もまた変容していく……。十年間ずっと「仕事とは何か?」を考え続けてきた意味は、今後の僕にとっても大きな財産になると思っています。できれば読者にとっても、そうであって欲しい。

 

私たちの「君明日」名セリフ集5
「人はさ、いくら理屈が通っていたとしても、言葉だけじゃ動かないよ」――「オン・ザ・ビーチ」(『迷子の王様』収録)入社して十数年。最近、仕事に気持ちが入っていない自分を恥ずかしく思いました。(書籍担当・F)

 

 ですが、そうやって色々と考えてきた仕事観や社会観も、結局、現時点でのベストでしかないと思っています。次のステージに行けば、これまでの考え方や手段が通用しなくなって、また一から自分をリストラ(再構築)していかなくてはならない……それが、生きていくということなのでしょうね(笑)。

「君たちに明日はない」シリーズでは、企業のリストラをきっかけに人生をリセットした人たちを書きましたが、次の小説では、室町時代を舞台に、時代の流れによって身分を失ったり、落ちぶれたりして、生きるために自分自身をリセットせざるを得なかった人たちの物語を書くつもりです。タイトルは『室町無頼』で、「週刊新潮」で連載が始まります。六月開始予定です。どうぞ、ご期待ください。

 (かきね・りょうすけ 作家)

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